サバイバル博打
@Paresseux
第1話
渋谷駅を使う人数は、一日で二百万を超えるらしい。その数は、ランキングで言えば、世界でトップクラスだそうだ。
バーチャルの中でもごった返す渋谷駅構内を歩く。日本にはこれほどまでに人間がいるのか、と思わずにはいられない。みんないつも何処に潜んでいるのだろう。
こんなに人が多いのに、誰もぶつかったり転んだりしないのが不思議だ。以前、スクランブル交差点を上空から見るために日本にやって来た外国人観光客の話をテレビで見た。どうして彼らはぶつからないんだ!とまくし立てていた、興奮気味なアメリカ英語の発音を思い出す。
今日のサバイバル博打のスタート地点は渋谷駅前のハチ公像前。ゴールは東京駅。丸の内口の広場に安置されているダイヤモンドの指輪を取り出して、そのまま東海道新幹線に乗れればクリアだ。
サバイバル博打とは、鬼ごっこの博打版だ。鬼ごっこといっても、そんな平和なものではなく、プレイヤーをゲームオーバーにするためには、現実世界での妨害以外は、何をしてもいい鬼畜な鬼ごっこだ。
ギャンブラーたちはプレイヤー側か鬼側のどちらかに分かれて、それぞれ賭け金を指定する。賭けた金額によって、プレイヤー側は身体能力が上がるなど、鬼側は武器を追加できるなど、それぞれオプションが追加される。
鬼が追加できる武器は、銃火器から戦車など、なんでもありだ。だから、賭け金は何百万、何千万と跳ね上がり、現実での武器の値段の半分で、欲しい武器が追加できる。大手企業の社長か、石油王くらいしか出せないような金額が、毎回のゲームで賭けられる。驚きなのは、ギャンブラーたちがほとんど、一般人であるということだ。
負けた時に払わなければならない額が膨大で、このゲームで負けて破産したという富豪を何人も知っている。それなのに、このゲームが人気で、サラリーマン級のごく普通の人も参加するのは、バーチャル空間でありながら、現実と寸分違わない街でプレイできることと、勝ったらゲット出来る金額が億単位で、とんでもなく多いからだろう。
だからこそ、自分に賭けてくれたギャンブラーたちのためにも、全力で勝たなければならない。勝てば知名度が跳ね上がるし、スポンサーがたくさんついてくれる。ギャンブラーは自分たちで、勝てそうなプレイヤーを指定できるため、実績のあるプレイヤーはギャンブラーたちから多くの依頼をもらう。依頼してくれるということは、それだけ自分への信頼があるということだから、その期待に応えなければならない。負ければ信頼を失い、ギャンブラーたちからの依頼が一気に減る。これはゲーマーとして生活している身としては、明日の飯にありつけるかどうかの死活問題であり、本気でやらねばゲームでも現実でも死ぬ。
ゲームのマップは鬼側によって指定される。次のマップが決まってからゲーム開始まで、二日間の準備期間がある。その中で、プレイヤー側は入念な下見を、鬼側はプログラムの書き換えなどを行い、それぞれプレイ開始まで備えることができる。
東京のマップでプレイするのはこれが初めてだ。前回は長野市で、その前は北京だった。地の利がないとさくさく進めないような、嫌なところばかりピックアップされているのは、偶然ではないだろう。まあ、自分がそれほど実績があり、鬼側から警戒されていると思えば悪くないが。
開始は十時。あと三分。
スクランブル交差点の信号が青に変わり、人々が一斉に動き出す。確かに、これだけの人数が一度に動いて、誰一人としてぶつからないのは、見慣れない人から見れば凄いことなのかもしれない。
ぼんやりと人の流れを見ていると、交差点の中央にクリオネの形をしたロボットが降りてきた。あれはゴールの位置を示してくれるナビロボットだ。遠くからでも見やすいよう、体は黄色く光っていて、始まったらふわふわと移動し、大体の方向を教えてくれる。
事前に最短ルートを確認し、脳内でもシミュレーションを何度も繰り返した。だがやはり緊張する。じっとりと汗で湿った掌を、握ったり開いたりしながら、ハチ公の前足の横で、スタートの瞬間を待ちわびる。
目の前にスクリーンが現れ、カウントダウンを開始した。デジタル表示の数字が、だんだん少なくなっていく。
ポーン。
表示が十時に変わったのを合図に、街中に黒い球体と黒服の人達が出現した。みんな肩からマシンガンを提げている。黒い球体は宙に浮き、くるくる回転している。その横を掠めるように、走り出す。
その瞬間、黒い球体がけたたましいアラームを響かせる。それと同時に、黒服たちが一斉にこちらを向いて、マシンガンを構えた。容赦なく急所を狙って放たれる無数の弾丸をかいくぐり、首都高の下を走る。
彼らは「歩兵」だ。一般人に混じって、マシンガンを撃ってくる。黒い球体はカメラ付きドローンで、カメラに撮られると、さっきのようにアラームが鳴る。それで歩兵にこちらの場所がバレる。歩兵はカメラのアラームがないと攻撃できない。だが、カメラがあるところに歩兵あり。とにかく逃げるが勝ちである。
こちらの武器はないので、歩兵には攻撃できない。ひたすら回避するしかない。ルールは一発でも当たればアウトで、掠めるのもダメだ。ギャンブラーたちの賭け金のおかげで、身体能力は格段に上がったのが幸いだった。現実では絶対に避けれない弾丸の速さだが、こちらも機動力が上がっているので、無理ゲーではない。
往来を走る車の屋根に飛び乗った。そのまま車の上を走る。一番楽で早い移動手段だ。カメラ付きドローンが何度もアラームを鳴らしているが、歩兵は車の速さに着いてこれず、弾は空を切るばかりだ。このまま首都高入口まで行ければ良いが。
しかし、次の刺客がやってきた。家畜を運ぶような大きなトラックが次々と現れ、中からロケットランチャーを構えた黒服が姿を現す。こちらに照準が合ったと思った瞬間、轟音と共に黒い弾丸がまっすぐ飛んでくる。なんてワイルドなんだ!慌てて隣の車の屋根に乗り移り、またその隣へと移動する。足は止められない。止まった瞬間、もたついた瞬間、体が吹っ飛ぶ未来が見える。
インターチェンジ前の交差点で、信号が赤になったところで、車の屋根から道路脇のマンションのベランダに飛び移る。急いで非常階段を探し、駆け上がって屋上に出た。強い風が吹き付け、床に転がっていたコーヒーの空き缶が飛んで行く。
マンションの高さは20階建てと言ったところか。ここからクリオネ型ロボットの位置を確認する。今は六本木通りをふわふわと進んでいるようだ。あのロボットはゴールの方向だけでなく、ドローンや歩兵が少ない道を教えてくれる。強行突破するのももちろん悪くないが、被害を最小限に抑えることに越したことはない。徹底的に現実世界と似せているため、人やインフラへの被害総額も計算される。被害総額は現実でのレートと等しく、負けた側はペナルティとして、全額払わなければならないという謎のルールがあるのだ。
と、背後でアラームが鳴った。直感で走り出し、隣のビルの屋上に飛び移る。次の瞬間、
耳をつんざくような騒音が聞こえ、振り向けばさっきまでいた地点に穴が空いていた。
上空を見上げると、黒い軍事用ヘリコプターが近づいていた。ガトリング砲を二つも搭載した、超大型ヘリだ。歩兵も車も届かない場所には、空からの攻撃が一番手っ取り早い。とはいえ、これはやりすぎな気がする。それだけギャンブラー達からの信頼が厚いのだろうと思っておくことにする。
幸いだったのは、これがヘリコプターであるということだ。衛星だったら姿が見えないので避けようがない。
一度体制を立て直すために地面に飛び降りたいところだが、かなり高さがある。恥ずかしい落下死だけは嫌だ。ここは少々危険だが、ビルの上でパルクールをするしかない。
走る速度を上げ、ビルとビルの間を飛び越えた。上空にもしっかりドローンは飛んでいて、ビルに着地するごとにアラームが鳴り、ガトリング砲が追いかけてくる。今回ギャンブラーたちが自分に賭けてくれた金額がかなり多かったので、銃弾が降ってくる速度よりも速く走れる。おかげでビルとビルの間を楽々飛び越えられる。
走っているうちに、大きな交差点に出た。向かいのビルまでは、さすがにいくら助走をつけても届かなそうだ。仕方ないので高度を下げることにする。
道路の真ん中に立っている街灯目掛けて飛び降りる。その上に降り立つのではなく、支柱がカーブしたところに手をかけ、逆上がりの要領で体を上に飛び上がらせる。身体能力強化には、腕の筋肉や体幹も入っているので、安定した体勢をキープできた。しっかり足を揃え、目の前のビルの窓に突っ込む。ガラスが割れて四方に飛び散り、破片で手足を切りながら、オフィスに転がり込む。
さすがにここまでドローンはいないだろうと思ったのも束の間、部屋の端からアラームが聞こえ、部屋の中に機動隊が押しかけてきた。振り向けば、黒い監視カメラが配置されているのが目に入った。機動隊を動員したのか、鬼側も本気だな。
すぐに立ち上がり部屋を出る。入ってきた方とは反対側の通りに面した窓から飛び降り、首都高を走る大型トラックの屋根に着地した。
あとどれくらいだ、と前方に目をやったところで、すぐ後ろからアラームが鳴り響いてきた。今度は陸上自衛隊のジープだ。もう驚かない。助手席の窓が開き、拳銃を構えた黒服がこちらに照準を合わせる。
放たれた弾丸をすんでのところで避ければ、間髪置かずに次の弾が飛んできた。百キロ越えのスピードで走るトラックの屋根の上。落ちてもアウト、被弾してもアウトな状況で、心拍数が跳ね上がる。
すると、首都高速都心環状線との分離点が見えてきた。これはしめたと、曲がっていく車の上に乗り換える。急な方向転換に、かなりのスピードを出していたジープは追いつけず、そのまま後ろへ流れていく。
道路に隣接していた民家の屋根に飛び乗り、パルクールを再開する。待ち構えていたかのようにアラームが鳴り、ガトリング弾が雨あられのように降ってくる。屋根の瓦が吹き飛び、地面に落ちて割れる音がした。さっきまでとは違って低めの建物の上を駆け抜けながら、国道一号線と合流する。
高速ではないからスピードは劣るが、常に車が行き来している国道は、攻撃を避けるときに危なっかしくない。青信号に変わって一斉に動き出した車の上を走りながら、道路標識で現在地を確認する。いつの間にか日比谷まで来ていたようだ。あと少し、と安堵するも、最後に一斉射撃されるかもしれないと、気を緩めることはできない。
信号で止まってしまう時間が惜しく、脇目も振らずに車から飛び降りて道路を走る。そのまま日比谷公園に入った。公園内は障害物が多い分、向こうも攻撃するのが難しいだろう。木々の間を縫うように進みながら、クリオネ型ロボットの位置を確認する。
ロボットはもう止まっていた。東京駅丸の内前広場に、ぽつんと一つのショーケースが設置されていた。異様な光景に疑問を持つことなく、ショーケース目掛けてひたすら走る。駅の周辺はドローンがたくさん飛んでいて、少し進むごとにアラームが鳴る。歩兵は何人も配置されているし、ジープも後ろから追いかけてきた。銃弾が四方から飛び散ってくるのを、なんとか脚力で避ける。
すると、突然攻撃が止んだ。弾切れだろうか、だが、そんなことがないように、撃つ順番などは計算されているはずだ。とにかく好都合だ。広場に足を踏み入れ、突っ切る。
そこへ、アラームの音に混じるように、弾丸の雨が降ってきた。いつの間にかヘリコプターが頭上に来ていたようだ。全くロータ音に気づかなかった。容赦なく脳天を貫こうとしてくるガトリング弾をなんとか避ける。なるほど、最後は上空からの無差別級射撃か。一番手っ取り早くて、攻撃する方も楽だろう。振り返る余裕はないが、おそらく東京駅前は穴ぼこになっている。
多分、今までで一番早く走ったと思う。植え込みに飛び込んで、クリオネの尾びれの真下にあるショーケースを拳で割り、指輪をひっ掴む。そのまま駅構内に滑り込めば、アラームが背後で聞こえてきた。やはり中にも歩兵がいた。全速力で足を回転させ、とにかく逃げることだけを考える。
勢いをつけすぎて転がりながら、改札口を通り抜けた。ちゃんとSuicaをタッチするのも忘れない。こういうところまで現実性を求めなくていいと思う。
階段を全段飛ばし、ホームで待機していた新幹線に頭から突っ込む。足先が車両に乗った瞬間、発車ベルが鳴って扉が閉じる。自分以外に誰も乗っていない無人運転の車両が、ゆっくり動き出した。
そして、ゲームは終わった。
ゲーム終了後は好きに動ける。仮想空間だから食べたいと思ったものはなんでも出てくる。その証拠に、崎陽軒のシウマイ弁当が食べたいなあと独り言を言えば、マニピュレーターが弁当箱とお茶を出してくれた。
座席でシウマイ弁当を開けて食べ始めたとき、車内アナウンスが流れ始めた。
「Congratulations!初めまして、プレイヤー。今回のゲームを監修させてもらったLASカンパニー代表取締役、寒河江康太だ」
LASカンパニーといえば、このサバイバル博打ほどではないが、かなりのゲームソフトを売り出しているメーカーだ。もともとは洗濯機などの家電を作る会社だったが、昨今のゲームブームに乗ったのだろう。
ソフトの質は良く、設定やデザインもしっかりしている。自分も何本かLASカンパニーのゲームを持っているが、細部まで手を抜かない繊細さは、結構気に入っている。初めてゲームを売り出してからこの方、ずっと右肩上がりの売り上げをキープしていると聞く。
「今回のゲームできみの実力を知ったので、是非我々をスポンサーにしてもらいたい。もちろん高額の報酬を約束しよう。終点の新大阪で待っているので、返事を考えておいてくれ。次も期待しているよ」
かなりの大手だから、きっと新しくサバイバル博打プレイヤーへの投資を始めても、予算的には充分な余裕があるのだろうな。いずれにせよ、スポンサーが増えるのは嬉しい限りだ。次も頑張ろうと思えてくる。
シウマイに醤油をかけていると、入口上の電光掲示板に文字が映った。今回自分が走った歩数と距離、タイムが流れる。七キロ弱を十分強。まあ、妥当だろう。
それと、今回のゲームクリアの報酬として、新しく「超能力」というオプションが追加されるらしい。プレイヤー側が使いたい能力を、例えば空中浮遊などを一つ指定すれば、規制はかかるが、現実離れした能力を得られるというのだ。自分だったら瞬間移動がいい。恐らく移動できる範囲は絞られるだろうが、走るより断然速い。ただ、超能力のオプションにいくらかかるのかは、知らぬが仏だろう。
一番最後に被害総額が出た。建物の損害、公共交通機関への影響、巻き込まれた一般人の賠償などなど。ちゃんと何でいくらかかるのか、事細かに記録されている。最後に合計金額が出てくるのだが、七個目のゼロが見えた時点でそっと目線を落とし、シウマイを齧る。美味い。
次のミッションは何処だろうか。ニューヨークとか楽しそうだな。
まだ終わったばかりで、疲労困憊しているというのに、自然と次のことを考え始めている自分に苦笑し、シウマイを口に放り込んだ。
サバイバル博打 @Paresseux
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