第3話

「いやぁああああああああああああああああああ!?」

「歩美ぃ!?」


 頭を抱えて縮こまる歩美を守るように前に出る。


 女の子でも全力でぶつかってきたらかなりの衝撃だ。


 腰を落として受け止めると、暴れる歩佳ちゃんを押さえるように力いっぱい抱きしめる。


「歩佳ちゃん!? 落ち着いてくれ! 俺だ、誠だ!?」

「どうしちゃったの歩佳!? お願いだから正気に戻って!?」


 歩美も立ち上がり、二人で歩佳ちゃんを押さえつける。


 程なくして、歩佳ちゃんは気絶したみたいに大人しくなった。


 とりあえず足元に寝かせ、俺達は暫く放心した。


「…………なんだったんだ?」

「……わかんないけど。なんか憑りつかれてるみたいじゃなかった?」


 泣き出しそうな顔で歩美が言う。


 そんな馬鹿なと笑いたかったが、俺もそう思った。


「救急車とか呼んだ方が良いのかな……」

「……かもな」


 救急車が役に立つのかとか、なんて説明するのかとか、不法侵入で怒られないかとか、色々思う事はあった。


 でも、歩佳ちゃんの事を考えるなら、とりあえずそうした方が良いのだろう。


 なんて思っていたら歩佳ちゃんが目を覚ました。


「ん、ん……。ぁ、あれ? お姉ちゃん? 誠君も? えぇ!? ここ、どこ!? 私、なんで……」


 覚えていないのか、不思議そうに辺りを見回している。


 事情を説明したら、歩佳ちゃんはとんでもない事を言い出した。


「……そうなんだ。どうりで最近謎に筋肉痛がすると思った……。私、幽霊に憑りつかれてたんだ……。すごい!? お姉ちゃん、動画撮ってくれた!?」

「そんな余裕あるわけないでしょ!?」

「え~!? 私も憑りつかれてる所見たかったのに……」

「いや、歩佳ちゃん余裕過ぎだろ……」


 歩佳ちゃんはオカルト同好会に入っていて、元々ホラーや幽霊なんかは得意な子だった。


 それにしても、もうちょっと怖がったりするべきじゃないかと思うのだが。


「えへへへ。その、実は心当たりがあって。ここに来るの、初めてじゃないんだ」


 照れ笑いを浮かべると、歩佳ちゃんはもっととんでもない事を言い出した。


 どうやらこの廃ホテルは、女性の幽霊が出ると有名な心霊スポットらしい。


 それで歩佳ちゃんは一ヵ月ほど前、オカルト同好会の友人と一緒に調査に乗り込んだという。


「実は私、その子とオカルト系のゆっくり動画を出してて。だから、その時に憑りつかれちゃったんじゃないかなと」

「ばかぁ!? お姉ちゃんに内緒でなんでそんな危ない事するの!?」

「だって、こういうの好きなんだもん。お姉ちゃんに言ったら怒られるし、心配させちゃうでしょ?」

「当然じゃん!? お姉ちゃんは歩佳のお姉ちゃんなんだよ!?」

「私だってお姉ちゃんの妹だもん。心配かけてごめんね。やめないけど」

「やめなさいって!?」

「やだ! 私だけの事じゃないんだよ! 視聴者さんだって楽しみにしてくれてるもん!」

「ストップストップ! 喧嘩するなら外に出てからにしようぜ」


 マジモンのオバケが出る心霊スポットだ。


 これ以上長居はしたくない。


「だね。歩佳、帰ったらおしおきだからね!」

「待ってお姉ちゃん! 折角誠君がいるんだし、あの壁壊してからにしよう!」

「いや、勝手に壊しちゃまずいだろ……」


 普段は大人しい子なのだが、オカルトの事となると人が変わってしまう悪癖の持ち主なのだ。


「もう十分ボロボロだし、バレっこないよ。幽霊が私の身体を操ってまで壊そうした壁だよ? もしかしたら殺人事件の被害者で死体が埋まってるのかも!」

「ひぃいい!? 怖い事言わないでよ!?」

「てか、だったら余計に掘りたくないだろ……。なぁ歩佳ちゃん、頼むから――」

「待って誠君! 好奇心も勿論あるけど、それだけじゃないの。あの壁を壊さない限り、幽霊はまた私を操って同じ事すると思わない?」

「それは……」


 そうかもと思った。


「お姉ちゃんも。このままじゃ私、幽霊に呪い殺されちゃうかもしれないでしょ? それでもいいの?」

「よ、よくないよ!? 誠! 一生のお願い!」


 掌を返して歩美が拝んでくる。


「いや、こんな事で一生のお願い使わなくていいから。てか、それを言うなら歩佳ちゃんだろ」


 ジト目を歩佳ちゃんに向ける。


 歩美の頼みなら断れないと踏んでけしかけたのだろう。


「お願い誠君! お姉ちゃんの恥ずかしい秘密教えてあげるから!」

「任された。上手くいけば幽霊が成仏するかもしれないしな!」


 突然俺は猛烈にやる気が出てきた。


 歩佳ちゃんの教えてくれる情報は中々の上物だ。


 前回は歩美が最後におねしょをした日を教えてくれた。


 高校生になってからで、歩佳ちゃんに見栄を張って怖い映画を見て、怖くて夜トイレに行けなかったからだという。


「ちょ!? 歩美!? お姉ちゃんを売らないでよ!?」

「いーじゃん。減るもんじゃなし。誠君も恥ずかしがってるお姉ちゃんは可愛くて好きだって言ってたよ」

「ぅ、うぅぅ……」


 耳まで赤くなって歩美が俯く。


 まったく、可愛い彼女である。


 そういうわけで俺はつるはしを構え、力の限り壊れかけの壁を叩いた。


 苦戦するかと思ったが、元々腐っていたのか、意外にあっさり壁は崩れた。


「さて、どんなお宝が出てくるのやら……」


 歩美の秘密で俺は完全に浮かれていた。


 この状況で出て来る物なんか一つしかありえない。


 壁の間の空間から出てきたのは、理科室から持ってきたような見事な白骨死体だった。


 †


『うん。うん。うん。大丈夫そう? それじゃあお願いね。詳しい事は明日話すね』


 電話を切ると、歩佳ちゃんは固唾を飲んで見守っていた俺達にオーケーサインを作った。


「大丈夫だって」


 話は横で聞いていたが、とにかく俺は安堵した。


 白骨死体なんか見つけたら大騒ぎだ。確実に警察沙汰になる。法律なんか知らないが、不法侵入で前科がつくかもしれない。大体、なんて説明すればいいのか。浮気調査の件を省いたとしても、幽霊の仕業ですなんて信じて貰えるわけがない。


 途方に暮れていたら、歩佳ちゃんに考えがあるという。


 なんでも、例のオカルト同好会の友人の父親が警察の偉い人らしく、何度かお世話になっているらしい。


 いや、善良な一般JKが警察のお世話になっちゃマズいだろと思うのだが、この際仕方がない。


 それで、一旦近くのファミレスに移動して、その友達とやらに電話で事情を話していた所だ。


 どんな風に処理されるのかは知らないが、俺達の事は秘密にしてどうにかしてくれるらしい。


「よかったぁ~……。これで一安心?」


 ぐったりと背もたれに寄り掛かると、歩美が溶け始めていたパフェに手を付けた。


 俺もステーキセットに手を付ける。


 心配をかけたお詫びという事で歩佳ちゃんの奢りだ。


 二人は財布を持っていなかったので、俺が立て替える事になるのだが。


「だといいけど。やっぱあれって、歩佳ちゃんに憑りついた幽霊の死体なのか?」

「知らないし聞きたくない!? そういう話は歩佳として!」


 あーあー! と歩美が耳を塞ぐ。


 そういうわけで、視線を歩佳ちゃんに移す。


「多分そうだと思うけど。それより不思議なのは、なんで幽霊は私に憑りついて星野先輩とおせっせしたのかって事」


 激辛カレーを食べながら、探偵みたいな顔つきで歩佳ちゃんが言う。


 それは俺も気になったが、敢えて触れなかった。


 だってそれじゃあ、歩佳ちゃんが星野のクズと寝たのが事実だったという事になってしまう。


 元々そう思ってはいたのだが、本人の前では触れずらい。


 しかも歩佳ちゃんにはその気はなく、幽霊のせいなのだ。


 レイプみたいなものだと思うと気の毒で仕方ない。


 そんな気持ちが態度に出たのだろう。


「幽霊のやった事だし、私は覚えてないからノーカンだよ。魂の純潔は穢されてないもん」


 どんな理屈だと思うが、強がりもあったのだろう。


 お道化て見せても、歩佳ちゃんの頬は少し強張っていた。


「うぁああああん! あゆがががわいぞうだよおおおおお!?」


 俺が気付いたのだ。歩美が気付かないわけがない。


 自分の事みたいに泣きながら歩佳ちゃんに抱きついた。


「もう、お姉ちゃん! 平気なフリしてるんだから空気読んでよ!」

「だ、だっでぇ!?」


 チ~ンと歩佳ちゃんに鼻をかんで貰い仕切り直す。


「……例えばさ。その幽霊を殺した犯人が星野だったってのはどうだ?」

「うぇえええ!?」


 クソデカ悲鳴をあげて、歩美が慌てて口を塞ぐ。


「う~ん」


 歩佳ちゃんはイマイチな顔だ。


「歩佳ちゃんは違う考え?」

「だってもしそうなら、幽霊は星野さんに復讐してるはずでしょ? でも、そんなにニュースは出てないし。楽しくデートしてたってのは変かなと」

「確かに……」

「星野先輩の事が物凄く好きだったんじゃない?」


 結局気になったのか、歩美が話に入ってきた。


「殺されたのに?」

「殺されるくらい好きだったとか。メンヘラ的な? それで、殺されて余計に好きになっちゃったとか」

「あ~」


 歩佳ちゃんはちょっと納得した様子だ。


「いや、俺には全然わかんねぇけど」

「これだから男子は」

「好きな人の為ならなんでもしちゃうし許しちゃうのが女の子なんだよ」

「「ね~」」


 と、無駄に二人で声を合わせる。


「なんでもいいけど、だったらそれもその友達とやらに話しておいた方がいいかもな」

「だね。ふぁ~~~」


 歩佳ちゃんの欠伸がうつり、俺と歩美も大口をあけた。


「はは、こりゃ今日の学校は寝坊確実だな」

「だめだよ!? あたしは皆勤賞かかってるんだから!?」


 そういうわけで、夜食を食い終わると歩美達はタクシーで帰った。


 動画の収益があるとかで、歩佳ちゃんは小金を稼いでいるらしい。


 俺も送ってほしかったが、チャリで来てしまったので仕方ない。


 欠伸を噛み殺しながら、えっちらおっちらペダルを漕いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る