第2話
「そんなわけないのに、意地でも認めようとしないの。それであたしも頭きちゃって、バチバチの大喧嘩。素直に認めたら許してあげたのに、本当最悪!」
「うん。あぁ。そうだ。歩美の言う通りだ」
翌日の昼休み、俺は歩美に呼び出され、食堂で昼飯を食いながら愚痴に付き合っていた。
思う事は色々あるが、こういう時は下手な事を言うべきじゃない。
火に油を注ぐだけでなく、風向きがこっちに変わるかもしれない。
そう思ってYESマンを演じていたのだが。
「ちょっと誠、真面目に聞いてよ!」
演技力が足りなかったらしく、結局矛先がこちらを向いた。
「真面目に聞いてるって」
「じゃあ誠からもなんとか言ってよ!」
「それはちょっと……」
「ちょっとなに?」
「いや、だって、歩佳ちゃんにはお世話になってるし、可哀想だろ……」
「このまま星野先輩と付き合わせとく方が可哀想でしょ!? 歩佳の奴、ホテルに連れ込まれ――」
食堂は飢えた学生で混みあっている。
歩佳ちゃんの名誉を守る為、俺は慌てて歩美の口を塞いだ。
「しぃ! 人に聞かれるだろ!」
「むぐう! だってぇ! 誠は歩佳が心配じゃないの!? あたしの妹なんだよ!?」
「そりゃ心配だけど、こういうのはナイーブな問題だろ?」
歩美の気持ちは分かるのだが、歩佳ちゃんの気持ちだって分かる気がする。
歩佳ちゃんは大人しい性格のせいで子供の頃はいじめられる事が多かったらしく、歩美はちょっと過保護な所がある。
歩美の事だから、どうせ頭ごなしに怒ったのだろう。
それで歩佳ちゃんも意地になってしまったに違いない。
こういう喧嘩は時々あるが、いつも俺が板挟みになる。
どちらかに肩入れすると後で両方から怒られるので、上手くなだめすかして嵐が過ぎるのを待つのが一番なのだ。
「そんな悠長な事言ってられないから! もう、こうなったらこっそり歩佳を監視して、星野先輩とデートしてる所を押さえてやる!」
「それはちょっと修羅場すぎないか?」
「歩佳が認めないんだからしかたないじゃん! ていうか、誠だってそうしたでしょ?」
「俺はたまたま出くわしただけで監視してたわけじゃないんだけど……」
なんて言ってもヒートアップした歩美には無駄な話だ。
既に答えは決まっていて、俺の意見なんか求めていないのである。
「その時は誠も呼ぶからすぐに来てよ!」
「えぇ~、マジかよ」
「あたし一人じゃ不安じゃん! 星野先輩に襲われちゃったらどうすんの!?」
歩美に限ってそんな事はあり得ないと思うのだが、俺の見てない所で星野のクズと会われるのは嫌だ。
「わかった、わかったよ! 地獄の底まで付き合わせて貰います!」
そんな事にならないよう祈りならが、やけっぱちで俺は答えた。
†
そんなやり取りがあった事すら忘れてしまったある日の深夜、俺は歩美からの電話で起こされた。
「んぁ……もし――」
「歩佳の奴、夜中にこっそり出かけてるの! 尾行してるから早く来て!?」
「…………わかった。変な奴に絡まれないように気をつけろよ」
俺は一気に目が覚めた。
歩佳ちゃんも心配だが、それ以上に歩美が夜歩きをしている事の方が心配だ。
超特急で着替えると、歩美のナビに従って夜の住宅街をチャリで急いだ。
†
「遅いよ誠ぉ!?」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……。これでも全力でかっ飛ばしてきたんだって……」
肩で息をしながら、不安そうに出迎えた歩美に告げる。
直前のやり取りでは、歩佳ちゃんは一人でラブホテルに入っていったそうで、歩美は建物の前で俺を待っていた。
それでやってきたわけだが……。
「ラブホテルっていうか……ここ、潰れてね?」
というか、間違いなく潰れている。
繁華街の裏通りに忘れられたように佇むそれは、絵本から飛び出したファンシーなお城みたいな見た目をしていた。
潰れてから相当経っているのか、廃墟という言葉がお似合いの痛みっぷりだ。明りなんか一つもついておらず、窓という窓は割れ、壁や敷地は蔓草や雑草で覆われている。
どう考えても男と密会をするような場所には思えない。
「歩佳の趣味かも。あの子オバケが出そうな廃墟とか大好きだし」
「だからってデートに使うか?」
「そういうプレイかもしれないじゃん! 星野先輩変態っぽいし!」
そう言われると否定できない。
いや、星野のクズならやりそうだ。
歩佳ちゃんを廃墟に呼び出して野外プレイなんて許すまじ!
確かにこれは俺からも注意した方がよさそうだ。
「わかった。急いで歩佳ちゃんを連れ戻そう!」
雑草をかき分けて敷地に踏み入ろうとして振り返る。
歩美は泣きそうな顔で震えていた。
怖くて足が出ないらしい。
歩佳ちゃんとは反対に、歩美は怖がりでオバケや暗い所が大嫌いだった。
「怖いならここで待ってるか?」
「やだ!? そんなの余計に怖いじゃん! 手ぇ繋いで! そしたら頑張れると思うから!」
「おう。幽霊が出たら俺がぶっ飛ばしてやる!」
そんな場合ではないのだが、涙目で縋ってくる歩美に、内心俺はキュンとしていた。
冷たくなった手を温めるようにしっかり握って、携帯のライトを頼りに建物に入っていく。
「ひぃぃ……こ、こわいよぉぉぉ……」
歩美は今にも泣きそうだった。
両手で俺の右腕にしがみ付き、肩に顔を埋め込むようにしておっかなびっくりついてくる。
確かに廃墟化したラブホテルはかなりのホラー感が出ていた。
不良のたまり場にでもなっていたのか、中は荒れ放題で、足元には酒の空き缶や食べ物のゴミ、煙草の吸殻なんかが散らばっている。壁にはダサい落書きがびっしりだ。
「どこから探す?」
「わかんないよ……。怖くて頭働かない!」
「大丈夫だって。俺が付いてるから」
俺だって怖いのは同じだが、歩美がビビり過ぎて平気になってしまった。
「そういう事をしてたらエッチな声とか聞こえてくるかもしれないな」
試しに耳を澄ましてみるが、しんとした静寂が耳鳴りのように響くだけでなにも聞こえては来ない。
「ラブホだよ? 防音に決まってるじゃん」
「……なんでそんなの知ってんだよ」
ジト目になって俺は聞いた。
高三だし、歩美とはそういう事もしている。
でも、ホテルに入った経験はない。
そんなのにお金使うくらいならデートしたい! というのが歩美の意見で、俺も同感だった。
俺が初めてとか言ってたけど、実は違ったのか?
でも、それだと俺と付き合う前にホテルに行ってたって事で、高一とか中学生の頃って事になるのだが……。
「友達から聞いただけ!? こんな時に変な誤解しないでよ!?」
ポカポカと肩を叩かれ俺は安心した。
俺だって歩美を疑いたくはない。
というか、歩美には疑うような所はまるでないのだ。
ただ一つ、なんで俺なんかと付き合っているんだろうという事だけがずっと不思議で、その一点が俺を不安にさせる。
俺達は一階から一部屋ずつしらみつぶしに探すことにした。
一階は空振りで、受付と事務所、スタッフルームや倉庫なんかがあるだけだった。
不法侵入だし、二人とも人に見られたくはないはずだから、上の階が怪しい気もする。
一方で、こんな所に入って来る物好きなんか滅多にいないだろうし、苦労して何階も階段を上がるとは思えない。
二階も空振りで、埃っぽい空気の淀んだ非常階段をのぼって三階に向かう。
その途中。
「……なんか聞こえないか?」
「ひぃっ!? なに!? 脅かさないでよ!?」
「歩佳ちゃんかもしれないだろ」
人差し指を立てると、歩美は泣きそうな顔で口を塞ぎ、きゅっと目を閉じた。
静寂に耳を澄ますと、上の方からカツン、カツンとなにか硬い物を叩くような音が聞こえてくる。
「な、なに、この音……」
歩美が怯えるのも無理はない。
どう考えてもエッチな事をしている時に出るような音じゃなかった。
俺の知っている範囲ではだが。
「行けばわかるさ。この感じだと三階じゃないな。四階か……いや、五階かもな」
俺の予想は当たっていた。
音を頼りに五階の廊下を歩く。
突き当りの左の部屋の扉が僅かに開いて、そこから音が漏れていた。
二人で顔を見合わせ同時に頷く。
足音を忍ばせた意味はなかった。
錆びた扉がギィィィィと悲鳴をあげたからだ。
開き直って一気に入ると、俺は呆気に取られた。
「……歩佳ちゃん、なにしてんだ?」
歩佳ちゃんは一人だった。
両手につるはしを握って、虚ろな顔で壊れかけの壁を叩いていた。
俺の呼びかけに気付いたのか、手の中のツルハシがごとりと床に落ちた。
「ぁ……ぁぁ……ぁ……ぁああ……」
掠れた呻き声を発すると、下手くそなマリオネットみたいな動きで壁を指さす。
「ひぃ!? あ、歩佳!? 冗談やめてよ!? あたしが悪かったから!?」
ドッキリだと思ったのだろう。
半泣きで歩美が謝る。
俺もそう思いたかった。
でも、歩佳ちゃんの様子は明らかに普通じゃない。
「ぁ、ぁあ、ぁぁ、ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
歩佳ちゃんが絶叫し、狂ったように突進してきた。
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