彼女が寝取られたと思ったらホラー展開だった件

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

 彼女の誕生日プレゼントを買いに出かけたら浮気現場を目撃した。


 そんな哀れな俺の名は南誠みなみ まこと、高校三年生。


 裏切り者の彼女の名は谷中歩美たになか あゆみ


 同じ高校の同級生だ。


 相手の男も知っている。


 二つ上のOBで星野慶ほしの けいというイケメンだ。


 皮肉な話だが、俺が歩美と付き合えたのはクソッタレの星野のお陰だった。


 星野は当時一年生だった俺でも名前を知っているくらいのモテ男だった。


 学校中の女子が星野に夢中で、ミーハーの歩美も星野に惚れていた。


 当時俺と歩美は同じクラスの隣の席で、陽キャの歩美はフランクに話しかけてくれた。


 歩美はちょっとバカだが気の良い奴で、メチャクチャ可愛くて胸も尻もデカかったから俺はあっさり惚れてしまった。


 それで歩美の恋愛相談に乗り、あわよくば付き合えないかなんて淡い夢を見ながら内心では毎日星野の事を呪っていた。


 夏休みの少し前、歩美は星野に告白された。


『…………そりゃ、よかったな』


 言葉とは裏腹に、俺はがっくり落ち込んでいた。


『そうなんだけど、断っちゃった』

『……え、なんで? 星野の事好きだったんだろ?』


『あたしもそう思ってたんだけど、いざ告白されたらなんか違うって言うか。あたしが好きだったのは誠だったみたい。て事で、付き合って欲しいな~……なんて……』


 そんな漫画みたいな展開あり得んのかよと思いつつ、俺はありがたくお付き合いさせて貰う事にした。


 それからも星野のクズは何度か歩美を口説いていたらしいが、キッパリ断り『マジウザい。彼氏持ち口説くとかイカレてんじゃないの?』などと愚痴っていた。


 それでも俺は歩美を取られるんじゃないかと心配していたが、星野が卒業してからは不安もなくなり、今では誰もが羨む仲良しバカップルなんて呼ばれている。


 だから今日だって歩美に内緒で誕生日プレゼントを買いに出ていたのだ。


 歩美は星野にべったり甘えて楽し気に街を歩いていた。


 歩美は浮気なんかするようなタイプじゃないし、星野の事だって今は嫌っていたはずだ。


 こんな時、怒りに任せて二人を問い詰められたよかったのだろうが、生憎俺にはそんな勇気はなかった。


 はた目に見れば、イケメンの星野と美少女の歩美は美男美女のお似合いのカップルだ。


 そこに俺みたいなのが乗り込んで浮気だなんだと騒いでも滑稽なだけだろう。


 だから俺は二人を尾行して、証拠画像を撮ることにした。


 それで明日、一対一で歩美を問い詰めようと思ったのだ。


 内心では、なにかの間違いである事を願っていた。


 でも、そんな都合の良い事は起こらなかった。


 二人はホテルに吸い込まれ、俺は泣きながら家に帰った。


 †


「これ、どういう事だよ」


 放課後、二人で帰り道を歩いていると、ひと気のなくなったタイミングで俺は昨日撮った証拠画像を突きつけた。


「なにこれ?」


 歩美は不思議な物を見るような顔をしていた。


「惚けるなよ! 昨日星野と浮気してただろ!」

「はぁ!? してないし!? するわけないじゃん!」


 真っ向から否定され、俺は心底幻滅した。


「してただろ! 俺はこの目で見たんだ! 証拠画像だってある! いつから俺を騙してたんだ!?」


 仲の良い様子は昨日今日の関係とは思えない。


 数か月か、あるいは数年か。


 もしかしたら最初から俺は二股をかけられていたのかもしれない。


「知らないってば!? あたし昨日は雅達と映画見に行ってたし!」


 そう言うと、歩美は財布から映画の半券を取り出した。


 そこに記載された時刻は俺が二人の浮気を目撃した頃のものだった。


 ……どうなってるんだ?


 俺は足りない頭で必死に考えた。


「そ、そんなの、誰かに貰ったとか、拾ったのかもしれないだろ!?」

「なんであたしがそんな事しなきゃなんないの?」

「それは……俺が見てた事に気付いてアリバイ作りをしたとか……」

「してないってば! そんなに疑うなら、昨日一緒に居た子達に聞いてみる?」

「……あぁ、そうしてくれ」


 きっとハッタリだ。


 そう思って俺は歩美に電話をかけさせた。


 歩美は昨日、友達の女子三人と映画に行き、ご飯を食べ、ゲーセンとカラオケに行ったらしい。


 その全員に電話を繋いで貰い、あれこれと質問攻めにした。


 嘘をついているなら、ボロが出たり矛盾が生まれるはずだ。


 でも、聞いた感じ不自然な部分はなかった。


 むしろ、歩美は浮気なんかしないから! と怒られてしまった。


 全員に話を聞き終わる頃には、俺はすっかり自信をなくしてしまった。


「じゃあ、俺が見た歩美はなんだったんだよ……」


 むしろ怖くなってきた。


 幽霊とか、ドッペルゲンガーを見たような気分だ。


「あたしじゃないなら歩佳じゃない?」


 当然のように歩美は言う。


 歩佳ちゃんは双子の妹でうり二つの顔をしていた。


「いや、歩美と歩佳ちゃんを間違えるとかあり得ないから。雰囲気も格好も全然違うだろ」


 顔や体はそっくりだが、歩美と歩佳ちゃんは全然違う。


 歩美は陽キャで服もお洒落だ。


 歩佳ちゃんは人見知りの陰キャで服のセンスがちょっと変だ。


 初対面の人間だって見分けがつくだろう。


「歩佳があたしの振りしてたら? それでも絶対見分けつく?」

「そんなの……」


 当たり前だとは言えなかった。


 そんな状況は考えもしない。


 俺は遠くから眺めていただけで、画像だってそこまで鮮明じゃない。


 歩美の顔をした奴が歩美の恰好で歩美みたいに振る舞っていたから歩美だと思った。


 歩佳ちゃんにそんな演技力があるとは思えないが、実際にやられたら多分騙されるだろう。


「ほら!」

「で、でも、なんで歩佳ちゃんがそんな事するんだよ!」

「それはわかんないけど。歩佳、星野先輩に口説かれた事あるし」

「え。初耳なんだけど」

「言いふらすような事じゃないし。あたしに振られた後言い寄ってきたみたい。どうしようって相談されて、断りなさい! って言ったの。だってそんなの失礼じゃん。見た目が一緒ならあたしでも歩佳でもどっちでもいいって事でしょ?」

「それがなんで星野と付き合ってんだよ」

「だから知らないってば! 歩佳って奥手だし、星野先輩も顏だけはイケメンじゃん。調子の良い事言われて好きになっちゃったんじゃない? それならあたしに秘密なのも納得いくし。で、星野先輩の趣味であたしの振りさせられてるとか」

「……サイテーだな」


 めちゃくちゃ腹が立ってきた。


 歩美の事で歩佳ちゃんには物凄くお世話になっている。


 人見知りのオタクでオカルト趣味に傾倒しているが、根っこの部分は歩美に似てとても優しい子なのだ。昨日買った誕生日プレゼントだって、歩佳ちゃんのアドバイスを参考にして選んだ。


 でも、サイテーというなら俺も同じだ。


「……ごめん、歩美。バカな勘違いで酷い事言っちゃって。本当にごめん!」


 俺は必死に頭を下げた。


 歩美の気持ちを疑ったのだ。


 振られても文句は言えない。


「本当だよ! ……と言いたい所だけど、こんなの見ちゃったら誰でも勘違いするっしょ? 元を正せば歩佳があたしの振りなんかしてるのが悪いんだし。今回は特別にスタバの新作で許しあげる」


 悪戯っぽくウィンクする歩美を見て、俺は危うく泣きそうになった。


「あぁ、歩美! お前はなんて優しい彼女なんだ! こんなタイミングで言うのはアレだけど、誕生日おめでとう……」


 なんだかゴマすりみたいになってしまったが、俺は昨日買ったっきり鞄に入れっぱなしにしていたプレゼントを歩美に渡した。


「マジぃ!? 超~嬉しんだけど! なにかななにかな~って、うっは!? アンクラの時計じゃん!? いいのこんなの!? 高かったっしょ!?」

「せめてもの気持ちというか、なんというか……。とにかく、喜んでくれたならよかった」


 こっそりバイトをした日々も報われたというものだ。


「ありがと誠! 超大事にするね!」


 むぎゅっと俺をハグすると、早速歩美はその場で時計をつけてウットリし、やっぱり勿体ないとか言って箱に戻した。


 歩美のたわわな胸の余韻に浸りながら、俺は仲直り出来た事を心底ホッとしていた。


「てか、歩佳の奴帰ったらお説教してやんなきゃ!」

「それはどうなんだ? 一応向こうも普通に付き合ってるわけだし……」


 星野の肩なんか持ちたくないが、俺のせいで歩佳ちゃんが叱られるのは気まずい。


「いや、あたしの振りしてるとか全然普通じゃないって。どっちが言い出したのかしらないけど、そんな関係終わってるでしょ。てか誠は、歩佳が星野先輩と付き合っててもいいの?」

「よくはないけど、そういうのは当人の自由というか……」

「あたしはお姉ちゃんとして妹を守る義務があるの! 普通の相手ならあたしだって煩い事は言わないけど、妹にあたしの代わりやらせてるんだよ!? 許せないでしょ!」

「それはまぁ、確かにな……」


 家族なら余計なお世話なんて言っていられないだろう。


 歩佳ちゃんには悪いが、俺も星野のカスとは別れた方がいいと思う。


 当時からあの男は色々と女関係で悪い噂ばかり流れていたし、歩佳ちゃんがその気になればもっと良い相手が幾らでも見つかるはずだ。


 二人は仲良し姉妹だし、歩美が説得をすれば歩佳ちゃんも考え直すだろう。


 そう思ったのだが。


 その日の夜、歩美からこんなラインが届いた。


『歩佳の奴、そんなの知らないって』

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