割と長めの昼休み

 突然だが、一般的な高校生は昼休みをどう過ごすのだろうか。

 40分は長いようで短い。友だちと学食に並んで、ご飯を食べて、雑談して終わり。教室の机を並べて、弁当箱を取り出して、友だち同士で軽くお茶会の後で勉強会でもやる。あるいは購買でパンを買って、腹を満たして読書に耽る。総じて3パターンのどちらかだろう。

 ところが、雲高ひばこうではそうもいかない。なぜなら昼休みは90分もあるからだ。その間校舎を自由に出入りできる。食事だけなら40分で事足りるし、残り50分をどう使うかは自由だ。その点において、高橋たかはしさんの言葉は一語いちごしるししたと言えよう。

「自分で決められないっていう人もいるんじゃない? そういう人にとって、自由は不自由になるのよ」


 午前のオリエンテーションが終わると、いよいよ初日の昼休みだ。僕は校門向かいのショッピングセンターの飲食店に行くつもりだ。席を立とうとし、まさにその時隣の席の長万部はまべが話かけてきた。

「学食行く?」

 行くつもりはなかったが、まあ折角誘ってもらったし、行ってみようか。

「おう。いいぜ」


 当然と言えば当然だが、3000人の生徒も集まる学校の食堂の列は、さながらコミケ人気サークルのあれにも似た様相を呈している。

「あの」

 後ろから長万部の声がした。

「なんだ」

「ここの食堂って、学生証を使うんだっけ」

「ええ。くれ先生からもらった資料に書いた通り、学生証は電子マネーとして使うことができる」

「ごめん、やっぱ俺やめるわ」

「待て」

 立ち去ろうとする長万部の肩を僕は掴む。うん、セクハラに該当しないはず。僕は男だし、長万部もどう見ても男だ。いや、そうではない。今のはセクハラに該当しない理由にならない。ならないが、要するに、

「ここまで来て、僕を置き去りにするってか」

「いや、だってチャージしてないし」

 チャージ機の前の長蛇の列を眺めて長万部はそう言った。

「だと思った。予め2000円チャージされてっから安心しろ」

 これも資料に載っていた情報だ。

「お、おう」

 既に10分も並んだので、今さら抜けられると困る。10分の自由時間がサンクコストになってしまう。いや、ならないか。学食で並ぶ生徒たちを10分間観察できたのも収穫といえば収穫か。

 どうやら瑞紀みづきの洗脳がまだ解けていないらしい。さながら獲物を品定めする捕食者になった気分だ。それはそれで愉快ではあるが。

 昼休み25分経過したところ漸く券売機の前に。なるほど、これで長蛇の列というのも頷く。栄養バランス重視の一汁三菜。質素な一汁一菜。豪華な定食。ラーメン、そば、うどん。そして、特定のエスニシティに配慮したハラル認証マーク付きメニュー。より取り見取りだ。

 はじめての学食だし、無難に一汁三菜にするか。筑前煮、菜の花チャンプルー、ほうれん草のおひたし、お味噌汁と麦飯の順にタッチパネルを操作していき、学生証でタッチ。5枚の食券とトレイを取り、前に進む。


 長万部はまべは無言で僕の後ろをついてくる。

 見渡す限り、空いている席が見当たらない。カウンター席は全部埋まっている。12人がけのテーブル席の端の2つが空いているのを見つけた。

「隣よろしいでしょうか」

 僕は空席の隣の男子生徒に話かける。

「ああ、かまわないよ」

 僕がトレイを置いて座ると、向かい席に長万部も着座する。おー、おいしそうなバターチキンカレー。次はこれを頼むとするか。

 知らない男子が隣に座ったからか、長万部と相席となった女子生徒は露骨にイヤな顔をしている。

 僕は麦飯の歯ごたえを楽しみつつ、隣の10人グループの会話に耳を傾ける。


「勧誘どうすんのよ」

「うちらは特待生2人入るし。頑張ってやる必要もないね」

「2人って男子?」

「女子。2人とも大会入賞者だぜ」

「うわ、うらやまー。あたしんとこ男子ばっかりだし。かわいい女の子来てくれないかな」

「男子どもにチヤホヤされてさぞかし良い気分だろ。女王バチ」

「女王バチはメスの群れの中の女王だよ。変な言葉使わないで」

「それよか女王アリ」

「だから、メスの群れつってんだろ。なんでムシで例えんだよ」

「アリアリのアリ。アリだけに。なんつって」

生駒いこまくんたち物理部はいいの?分裂されたままで」

「よくねえよ。くれの野郎、元の物理部を頑なに手放さないし。もう部員一人しか残らねーってのに」

「そいつ誰?」

「しーらない。宝蔵寺ほうぞうじとかいうBクラスの女子だけど、うす気味悪いっつーか、いつも一人だよね」

「呉とデキてんじゃねーの?」

「さあな。興味もないし。呉こわいしさ」

「じゃあ今の宙ぶらりんが続く、と」

「そうだな。まあ国際物理コンテストに参加するの俺らだし。別に呉が何したって関係ない」

「てか今年剣道部大丈夫?去年は薙刀部の女子に負けたって聞いたけど」

「ああ、あの軟弱者めが。飯ちゃんと食ってねーじゃねーの」

「いや、先輩たちは真面目にやってたよ。薙刀部が一枚上手だったってだけで」

「でも女子だろ?間合いで勝るとは言え、基本スペックの差があるし」

「ルールは公平に作られてると思う。剣の攻撃判定は面と小手だが、薙刀はスネも入るんで、それぞれのハンデは打ち消しになる。だから男子女子とかは関係なくて、実戦経験がものを言う」

「それって薙刀部は対剣道部特訓をしたが剣道部はしなかったってこと?」

「可能性としてはある。もっとも今年は二回目だから両者とも特訓してくると思うんで接戦は期待できるかと。合気道部も混ぜてくるらしいしさ」

「合気道って。白刃取りでも魅せようってか」

「それいうなら竹刀取りだろうが」

「そもそも真剣白刃取りはファンタジーだろ。竹刀取りなんてやってもダサいと思うぜ」

最上もがみくんはどう思う?」

「白刃取りよりも、丸腰で武具持ちに挑むなら柳生新陰流の無刀取りが現実的かな。振り下ろされる前に、もしくは躱してから武具持ちの動きを抑え込むやつ。演習試合なら振り下ろされたらそこで試合終了だろう」

「それもそっか」

「そろそろ行くか」

「だな」

 がらりがらりと音を立て、10人グループは席を立ち歩き去った。

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