事件の先触れ

「だから、二中にちゅうだよ、二中」

 忘ヶ崎わすれがさき市立第二中学校、略して二中。

瑞紀みづきは、二中の卒業生ではありませんよ」

「知ってるさ。僕が言いたいのは、おまえは?」

「すでにご存知のことと思いますよ」

「なるほど。おまえが転校した時期を推定するのに必要な情報を、僕が知っているのをおまえが知っている、という意味でいいんだな?」

「さすが、お手厳しい方ですね」

「セリフ、そのまま返したるわ」

 整理しよう。

 命題めいだい一、瑞紀は僕のことについて、人を死なせたことがあると言った。仮に死者をこうと名付ける。

 命題二、瑞紀によると、僕は死者甲のことが嫌いではなかった。

 命題三、僕は好きな人が少なかった。

 推論一、僕が人を死なせたことを知った瑞紀は、僕から遠ざかるために転校した。

 反論一、瑞紀が僕に接触してきたことが推論一と矛盾する。

 命題四、瑞紀によると、僕にとって死者甲はどうでもいい人。

 命題五、瑞紀によると、死者甲にとって、僕はかけがえのない存在。

 命題六、瑞紀によると、僕は別のことに夢中で、死者甲は眼中になかった。

 命題七、瑞紀によると、死者甲は絶望して、腕を切った。

 推論二、瑞紀は僕を断罪するために接触してきた。

 命題八、僕は、悪魔の証明を試みた人物を知っていた。仮にがい人物をおつと名付ける。

 命題九、瑞紀によると、人物乙は死者甲を愛した。

 推論三、人物乙の差し金で瑞紀は僕に接触を図らった。

 命題一〇じゅう、瑞紀は僕と同じ二中にいた時期がある。

 命題一一じゅういち、瑞紀は二中から転校した。その理由を僕は知らないが、僕が知っている情報でその理由を推理できる。

 補足説明、二中に関する情報。

 二中はどんな学校だったかという話をすると、比較的に新しく建てられた公立中学校だった。

 少子高齢化が進んでいた日本において、若者人口が年々増加傾向にあった忘ヶ崎わすれがさき市は極めて異質だった。

 この地は、16世紀以前に「美々丘みみおか」という名で呼ばれていた。16世紀、日本各地で戦争が行われ、後にあの百年間は戦国時代と呼ばれた。美々丘にあった田園風景はき消され、無数の刀塚が築かれた。凄惨な光景を忘れたいがためか、美々丘に代わって忘ヶ崎わすれがさきという名で人々はこの地を呼んだ。400年にわたって戦争の跡は文字通り風化され、遂に忘ヶ崎の名に相応しい地となった。20世紀の終わりに、日本はバブル景気の時代に突入した。バブルはすぐに崩壊したが、その余波で都市再開発は個別地域で30年間にわたって行われた。栂野つがの県忘ヶ崎市は都市再開発の典型例だった。新しい街をここで作ろうと、時の人が提案した。かくして忘ヶ崎の再誕の口火が切られた。

 僕が新入生として入学したのは2008年。新しい中学校は、開校から6年目を迎えた。実験大好きな教育者たちは、隣町に位置する名高い私立雲雀沢ひばりざわ高校の附属中学校を見習って新しい教育制度を次々と導入した。しかしながら、因果関係の有無は定かではないが、忘ヶ崎市立第二中学校の卒業生の進学率や就職率などの指標から見ると、残念なことに栂野県の中のランキングでは学校側の成績が振るうことはなかった。

 僕個人の感想を述べると、中学時代の生活はさっぱりした味だった。学校行事に消極的だったし、何かに打ち込んで只管ひたすら走り抜いたような思い出もなかった。ただ、不幸な出来事は確かにあった。2009年12月、クリスマスムード高まる商業地域のど真ん中に置かれた忘ヶ崎わすれがさき市立第二中学校の校舎から20代女性の遺体が発見された。あることないことはネットで喧伝けんでんされ、マスコミは学校へ殺到した。

「結論、二年の二学期の終わりに、おまえは転校した」

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