闇の申し子

「あなた、人を死なせたことがあるんですね」

 瑞紀みづきにかけられた第一声は、度し難いほどに不気味なものだった。

「おまえは誰だ?」

綾小路あやのこうじ瑞紀みづき

「綾小路。確か、そのむかしの貴族様が、そんな名前だったか」

「ええ。没落貴族の末裔。ロマンがあるでしょ?」

「道理で、そのゴスロリ衣装だ」

 私立雲雀沢ひばりざわ高校では、制服の着用は任意だった。

 私服登校する生徒が多かったが、敢えて制服を着る生徒も少なくなかった。実のところ、雲高の制服は人気が高かった。黄色いブレザー。白いセーラー服。ひらひらスカート。黒い学ランに長ズボン。青いジャージに短パン。学生生活を過ごす上、快適さと機能性、そしておしゃれのバランスが巧妙に取れていた。そんな素敵な制服、人気がない方がおかしいだろう。

 まあ、それでもなお私服登校する生徒のことだ、さぞかしおしゃれ上手の方々だろう? そう思うのも無理はない。確かに、私服を着こなした皆の人気者と呼ぶに相応しい生徒はいた。しかし、あいつらは各学級の中心人物にして学校のアイドルだった。つまり、数が少なかった。ところが、私服登校する生徒の方が多数だった。連中はどんなふうに考えてコーディネーションを決めたのは分からなかったし、今も興味がない。ダサい連中は何人いようが、関係ないと僕は思っていた。

 話を戻す。綾小路瑞紀の場合、キャラを作るためにゴスロリを着ていると僕は最初に睨んでいた。何せあれほどゴスロリ衣装に似合う女子は、僕が知る限りあいつだけだった。あいつの小柄な体型もそうだったし、何より『お人形さんのような子』という表現こそあいつにぴったりする言葉だった。

 というわけで、綾小路瑞紀はゴスロリだった。

「黒魔術でも振る舞えよ」

「あなたが死なせた人は誰か、うらなってあげましょうか」

「占い。おまえの場合、おまじないと言った方が良くないか」

「そうですね。その人は…あなたの嫌いな人ではなかったようですね」

「僕は滅多めったに人を嫌わないんだよ。嫌い嫌いも好きのうちっていうじゃん?『好き』が反転して『嫌い』は生まれるが、そもそも僕は好きな人が少ない」

「その人は…あなたにとってはどうでもいい人でした。一方で、その人にとって、あなたはかけがえのない存在でした。あなたは別のことに夢中で、その人には目もくれなかったですね。それでその人は絶望して、リスカしてしまいましたよ」

「おまえ、ヤなことを言うんだね」

瑞紀みづきは、闇の申し子ですから」

「闇の申し子。闇の子ではなくて闇の申し子。つまり、闇に生まれた子ではなくて、闇を司る神への祈願によって授かった子、という意味なんだな」

「いいえ。瑞紀は、闇を司る神を悪魔は死に追いやったことで生まれた子ですよ」

「悪魔。『悪魔の証明』の悪魔を思い出したよ。誰の所有物でもない物品の所有権が誰かにあるのを証明しようとして、こんがらがってわけがわからなくなるって喚いてた奴がいたよね。誰だっけ」

「そのお方は、あなたが死なせた人を愛したお方でしょう」

「なあ、瑞紀」

「なあに?」

忘ヶ崎わすれがさき市立第二中学校。おまえもまた、あそこの出身だったか」

 忘ヶ崎市立第二中学校。僕の母校だった。たくさんの悲しい思い出を、僕は置き去りにした。だが、瑞紀の話を語る上、それらを掬い上げなければならない。

 僕はさらに深く、記憶の奥底へ潜る。

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