受験BBS

「進路希望調査票、出して」

「それが、まだ書いてないんだ」

「えー、ちゃちゃっと決めなよ」

高橋たかはしさんの進路希望は?」

「あたしは雲高ひばこうに行く。ミニ大学っていう二つ名の学校よ。通えば自由が手に入る」

「自由か。それっておいしいの?」

「うーん、どうだろうか。あたしは自由がほしいな。ほら、あたしってド近眼じゃん? みんなにガリ勉だと思われてるのがちょっと…ね? おしゃれしたり、ケータイいじったり、みんなとワイワイするようなJKジェーケーに憧れてるんだよね。そんなJKが当たり前のようにいられるところに行けたらいいなぁ。あ、でも、自分で決められないっていう人もいるんじゃない? そういう人にとって、

「そういうJKって、別にどこの高校にいてもなれるんじゃないの?」

「まあそれだけじゃないんだよね。将来的にはアメリカの大学に行って、弁護士になるんだ。そのために、雲高のエクリプス・カリキュラムの留学コースが一番なのかなーと、あたしは思うんだ」

「エクリプス…なんだって?」

「自分でググってよ」

「あ、そう」

 この会話こそ、僕が私立雲雀沢ひばりざわ高校を知る契機だった。


 僕はあれから、ネットで雲高を検索してみたのを覚えている。学校HPホームページに掲載された入試要項の他、確か「雲高エクリプスBBS」というのがあって、僕はそれもブラウジングしだ。

 【2010年度】1/13 面接【留学コース】受験BBS

  [1]とりかご 2009/12/23 14:36

  留学コース【1/13面接】スレです。

  面接の感想、反省会、評価方法などの雑談にどうぞ。

  [2]名無しさん 2010/1/13 00:19

  むずいぞ

  [3]ギリギリシャ 2010/1/13 00:32

  とりまマークしとくか

  [4]名無しさん 2010/1/13 07:18

  控室ひっろ

  [5]名無しさん 2010/1/13 07:53

  はじまるよっ

  [6]名無しさん 2010/1/13 08:11

  誰か面接の質問とか予想しようや

  [7]名無しさん 2010/1/13 08:24

  過去ログ見てヨロシ

  [8]名無しさん 2010/1/13 08:31

  朝っぱらから意味ないことして余裕アルヨ

  [9]名無しさん 2010/1/13 08:33

  高田たかだちゃんに心臓ささげちゃう♡

  [10]名無しさん 2010/1/13 08:42

  昨日の数学まじサイアク

  [11]名無しさん 2010/1/13 09:11

  横の奴ウザッテェ

  [12]名無しさん 2010/1/13 09:20

  面接中ケータイいじるとかマジ意味不

  [13]名無しさん…


 なるほど。これが自由か。生徒の主体性を育てる学校だな、というのは第一印象だった。

 ホームルーム、くれ先生の言葉を思い出す。

「不明点・・要望など随時うけつけます」

 そう言いながら、あの素っ気ない態度や、おごそかな雰囲気で、質問の障害を作った。むしろ、難しいことをさせようという確固たる意思すら感じた。この空気を破って見せなさい、とでも言っているようなものだった。

 だから、あの場でまったく空気を読まなかったクラスメイトのことを僕は思い出す。彼の名はすが邦夫くにお。ホームルームにて生徒たちが質問する中、ひょんなことから彼も質問をした。くれ先生が、クラス全員の前で歌を歌ったらどうなるのだろうかと。呉先生は言った。不明点・質問・など随時うけつけます、と。ならば、俺から歌唱を要望しよう、と菅はあの時の心境を語ったのを、僕は今も覚えている。

「菅くん」

「はい」

 菅は席を立った。

「呉先生、歌ってもらっていいですか」

「歌、ですか。出来る範囲であれば」

「先生の好きな歌を歌ってください」

 すると、呉先生は歌い出した。

「白樺 青空 南風」

 あの有名な8小節だけ歌って、先生は歌うのをやめた。静寂せいじゃくは、3秒だけ教室を支配した。すると、教室に拍手が湧き上がった。再び静まり返った教室になるの待つと、

「ありがとうございます!」

 菅は先生に礼を言って、席についた。

 呉先生はおごそかな方だと、それ以外の何者でもないと、そう思った時期が僕にはあった。しかし、菅のことを考えると、僕は反省した。ただただ呉先生のことをおごそかな方だと決めつけていただけではないか。

 そして菅はというと…彼は孤立してしまった。空気を読まない奴という烙印らくいんを僕らは菅に押したのだ。


 ホームルームが終わり、10分間の休憩時間に入ると、クラスメイトの一人が私を訪ねてきた。

 綾小路あやのこうじ瑞紀みづき

 瑞紀のに映ったのは、どこまでも、どこまでも深く続きそうな闇だった。

 彼女のことを思い出す。

「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」

 かの哲学者の言葉こそ、瑞紀が僕に与えた第一印象を表すに相応しい。

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