エクリプス・カリキュラム

 私立雲雀沢ひばりざわ高校には、二つのカリキュラムがあった。デイライト・カリキュラム、エクリプス・カリキュラム。僕が受験生だった頃の2011年度の入試要項によると、募集定員は男女計約900名。内訳はデイライト500名、エクリプス400名。マンモス校の名に相応しいと思った。

 僕がいた学年では、デイライト・カリキュラムは12クラスあった。それぞれAエーBビーCシーDディーEイーFエフGジーSエスTティーXエクスYワイZゼットクラスと名付けられた。エクリプス・カリキュラムは8クラスあった。それぞれテンチースイカーライフーサンタククラスと名付けられた。

 エクリプス一般入試にて合格した僕は、沢クラスに入った。幸いなことに、頼れる高橋さんも沢クラスだったので、特に不安を感じるようなことはなかった。


 僕は記憶アーカイブの再生を再開した。

 オリエンテーション1日目、ホームルーム。

 入学式が終わって、僕たち沢クラスの生徒は教室に入った。

 いわおのような人が教壇にたたずんでいた。190センチの身長。筋肉質な体。ここは軍隊、俺は士官でお前らは兵だと言わんばかりに、おごそかな空気を醸し出していた。

「私は今日から沢クラスの担任を務めるくれ敦盛あつもりです。ルールは学修がくしゅう手引てびきを参照すること。不明点・質問・要望など随時うけつけます」

 その空気を、僕は決して嫌ったりしなかった。

 僕は冗談が苦手だった。人を微笑ほほえませるのが、どうしても出来なかった。しかし、呉先生がいれば、僕は大丈夫だった。僕は静かな雰囲気が好きだったし、その雰囲気の中で息苦しさを感じることもなかった。だが、どうも他の人は違ったらしい。大多数の生徒は、「みんな仲良く」をモットーにし、和やかな雰囲気を求めた。そんな大多数にとって、呉先生の存在そのものが異質だったに違いない。

 沈黙は教室を支配した。そんな中、一人の生徒によって状況は打破だはされた。

綾小路あやのこうじくん」

 呉先生は、挙手していた生徒の名前を呼んだ。ちなみに、生徒の性別にかかわらず、呉先生はいつも生徒の名字みょうじ君付くんづけで呼んでいた。それと、なぜだか分からないが、僕たち沢クラスの生徒に自己紹介をさせるまでもなく、呉先生は僕たち全員の顔と名前を覚えていた。

「校則の概要を教えていただけますでしょうか。学修手引には、卒業に必要な条件、授業と単位、履修とかが書いてあります。校則という項目はありませんが」

「綾小路くんが述べたように、卒業に必要な条件、授業と単位、履修とありますが、他には52ページ目の『試験に関する注意事項』と、76ページ目の『成績の評定基準』も要注意です。学校が生徒の行動にどんな制限を課しているのかが書かれています。よろしいですか」

「ありがとうございます」

 淡々と述べた呉先生もそうだったが、綾小路さんからも素っ気ない態度を感じた。それでも、重たい雰囲気が少し明るくなったのは確かだった。

寺島てらしまくん」

 次々と挙手する生徒。

「なぜ、Gの後はSなんですか?」

「これは私見しけんですが、AからGまでは単なるアルファベット。SはSuperiorスーペリア。Tは特待生Tokutaisei。XはeXperimentエクスペリメントで、Yは『なぜ』を意味する英語whYワイです。Zは最後のアルファベットで、これより上位のものは存在しないという意味が込められていると考えます」

「なぜ、エクリプスの学級名は八卦はっけなんですか?」

「これも私個人の理解ですが、あくまでも数字の1から8を使いたくないから、適当に八卦を使ったのではないかと思います」

「なぜ、デイライトとエクリプスなんでしょうか?」

「デイライトは、『昼の光』を意味する英語です。デイライト・カリキュラムの生徒に、陽だまりの中で健やかに成長してほしいと、今朝校長先生が言いました。エクリプスは、『日食にっしょく』や『月食げっしょく』など天文現象における「しょく」を意味する英語です。これも校長先生の弁ですが、暗闇の中に放り込まれても、根気強く生き抜くことのできる社会人になってほしい、とのことです」

 そもそも、デイライトかエクリプスかを選ぶのは僕たち生徒だった。

 他の高校と同じように、雲高ひばこうの入試には一般入試と推薦入試があった。違うところはというと、二つのカリキュラムの別々な一般入試と推薦入試があったところだ。


 まだ高校受験生だった頃、僕は学級委員だった高橋たかはしさんに1回目の進路希望調査票を提出するよう言われたことがある。まさにその時、僕は高橋さんから雲高のことを聞いた。

 未来への展望。初めてそれを真面目に考えようと決めた時の記憶を僕は思い出す。

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