第3話 人生初の、パーティー戦闘
「このあたりのモンスターは雑魚ばかりだから、冒険の初心者にはピッタリよ」
山道を下りながら、サマンサがそう言った。
山と言っても傾斜はなだらかで低い山なので、ゆとりもあった。
「そっか。なら、いまの僕にもピッタリってわけだね」
「ああ。けど、ごく稀に強いモンスターが出るから、それだけ注意した方がいいな」
「強いモンスター? どんな?」
「外来種と言ってな。
数十年前には一度だけ、ドラゴンが出たこともあるらしい」
「ドラゴンか」
猛獣どころか、幻獣に属する強力なモンスターだ。通常は山の火口付近に多く生息するため、この辺りでは遭遇したことがない。
はじまりの村の、裏にあるダンジョンにならウヨウヨいたけどね。
「詳しいんだね、サマンサは。冒険して永いんだ?」
「……いや、本で読んだんだ。旅に出たのは、つい2ヶ月…い、いや、1年と2ヶ月前くらいかな?」
サマンサは、少し顔を赤らめて言った。
その理由は不明だが、それより僕が驚いたのは彼女が旅に出る前からこの付近の情報を知っていたということだ。
インターネットはおろか、ラジオさえないような異世界である。僕のようなチートスキルもない人間にとって、事前に情報を知っているというのはすごいことなんじゃないだろうか?
「すごいじゃないか。実物に出会う前から知ってるなんて。勉強熱心なんだ?」
感じたことを素直に口にしただけだったのだが、サマンサは嬉しかったらしい。
「そ……そうかな? 何、このくらい、わたしにとっては当然だ」
えへんと腰に腕を当て、胸を張った。
(その拍子に張った胸が揺れたところを見ると、あまり固定できていないらしいが気づかないふりをしておく。)
それから続けて、
「何といっても、私は、世界一の魔道師になる女だからなっ」
「世界一の、魔導師?」
言葉を聞いただけでは、イメージが湧かなかった。でも世界一というくらいだ。とても大きな夢だということだけは、察しがついた。
そこへ。
「ングゥォォオォオォオ!!」
獲物が通るのを待ち構えていたのだろうか。茂みの奥から、喚き声をあげながら大型モンスター、ビッグベア(赤)が飛び出してきた。
「な…!? こんなところに、赤いビッグベアだと?!」
どうやら、普通は出現しないモンスターが現れたらしい。
ビッグベアは色によって強さが異なるが、総じて、通常攻撃の威力が高いという特徴がある。とりわけ毛の色が赤いのは、相当な上位種である。
だが、これといって変わった技は持っていないので、そこさえ注意しておけば、わりと楽に倒せるモンスターだ。
(赤いのは時間がかかるので、麻痺や眠りなど、状態異常にして逃げたいところだが。)
サマンサは初心者の僕を庇うように前に立った。
「……コイツは危険だ。マサルは下がっていろ」
険しい顔をして、走り出した。
「あっ! あんまり近づくと…!?」
ビッグベアに対しては、距離をとりながら遠くから攻撃した方が安全だ。
なのに近づくということは、物理タイプの技でもあるんだろうか?
「
予想に反し、サマンサが唱えたのは魔法だった。射程距離をあまり強化していないらしい。
その分、威力はなかなかのものだ。
激しい旋風が渦巻き、モンスターのHPを3分の1くらい削った。
「ヌォォオオオ……。ガーッ!!!」
「グゥぅ…!?!」
だが熊も負けじと攻撃を繰り出してきた。
すかさず防御姿勢をとったサマンサだが、ダメージを防ぎきることはできなかった。次の呪文を唱える隙がないうえ、がむしゃらな乱れひっかきを受けて、だんだんゲージが減っていく。
『マズいな…。このままだと、彼女のHPが完全に削られてしまう』
正直、どうしようか迷った。
魔法攻撃で、後ろから支援するという手もある。しかし、さっき初心者だと言ってしまった手前、攻撃技で後ろから援護射撃するのは、なんとなく気まずい。
何より、僕が本領発揮するのは、サポートの分野だ。
これまでは、己を強化するのみで、人に使ってはこなかった。あまり自信はないが、試してみることにしよう。
「そのまま闘ってて」
「え?」
異世界に来てから、はじめて己以外の対象を選択する。
「――〈エンハンス〉!!」
これは、攻撃、防御、速さといった基礎能力を総合アップさせる魔法で、自己流のものだ。
各項目を別々に上げるのが面倒に感じ、それらを組み合わせているうちに会得した。
「な、なんだ? 急に力が出てきて――。……ふっ!」
サマンサは抑えこまれていた杖に力を籠め、ビッグベアの巨体を弾き飛ばした。
「魔法も強くなってるはずだ。さっきと同じ呪文、かけてみて」
「よし。烈風斬!!」
巻き起こった旋風は、まさに烈風というに相応しく。
残った3分の2のHPを、瞬く間に削りきった。少なくとも、通常時の倍は威力が出たことになる。
「す……すごい!?」
サマンサは僕のかけた魔法の効果に目を丸くし、驚愕の声を上げる。
「ングォォアアァアァアア!?」
程なくビッグベア(赤)は、目を回して倒れた。
(この異世界、敵のモーションがコミカルなので助かる。もしシリアス調だったら、これから生きてくのが辛かったことだろう。)
「いまのは、強化の魔法か? 見たことのない技だったが……?」
戦闘を終え、興味津々に寄ってくるサマンサ。
同じ興味でも、僕に向けているのは、さっきまでとは異なった眼差しだ。
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