第2話 青女魔道師との出逢い

 はじまりの村を後にして、2日目。


 僕は草木の生い繁る森を、ゆるゆると探索していた。


 地図によると、ここは麓の町へと続く山の中。普段から人の行き来があるらしく、その道沿いに行けば、楽に歩けた。


 ここで僕は、はじめてスライムに遭遇した。

 色は青ではなく、緑だった。 


(ぷるん、ぷるん)


 全身を震わせて、威嚇してきているらしい。

 こいつを倒すのに、特殊な技を使う必要はなさそうだ。あえて通常攻撃だけで倒してみるか。


「よっ。とうっ」


 冒険を楽しむため、あえて初期装備の武器を振るう。


 だが、はじまりの村のダンジョンで強い敵と戦いすぎたらしい。


 スライムの動きがノロすぎて、空ぶりしてしまった。序盤の敵は、べつに動きを先読みする必要はないらしい。


「えい」


 めげずに再挑戦。


 基本に忠実に【ケヤキの棒】を振るうと、今度は命中。


 一発で倒したものの力を入れすぎたのか、風船が爆発したみたいにスライムは飛び散った。


 ベトベトの切片を浴びてしまう。


「ふぇぇ…。濡れてしまった」


 我ながら、とんだ醜態を晒してしまったものである。とても人には見せられない。


「………くふっ…………あはははは!」


 そこで、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


 だが、いやな感じがしなかったのは、人を見下すのとは異なる、明るい声だったからだ。眺めているうちに、つい笑い声が漏れてしまったという感じ。


「非道いなあ、笑うなんて」


 顔に付いたスライムの欠片を払い落としながら、僕は文句をこぼした。


「ふふっ………すまない。我慢できなくてつい。よっ……と」


 倒れた幹を跨ぎ越え、前に立つ。


「その様子だと、冒険の、初心者か?」


 声の主は、魔道師風の女だった。


 青みがかった髪に、白いローブ。その下には身体に密着したレオタードのような肌着。女性にしてはかなり背が高い方に入るだろう。


 で、胸元がなんというかその……。…すごく大きい。

 それゆえか、両房の上半分のところがX字の紐で留めてある。たぶん、揺れにくいようにこれで固定しているのだろう。はじまりの村では、見たことのないデザインだった。


「初心者――。まあ、そんなとこ」


 わざわざ訂正するのも面倒なので、がえんじておいた。


 異世界に来たのは1ヶ月ほど前で、冒険に出たのはつい昨日のこと。

 だから、まだ初心者と言ってもいいし、弱いと思われたところで困ることは何もない。興味を失って去っていくだけだろう。


 だが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「ふっ……仕方ないな。ならば、わたしが案内してやろう」


 てっぺんが折れ曲がった粋なトンガリ帽子を、くいっと上げてみせる女。


 己が優秀な魔導師だというアピールなのかもしれない。見れば腰には、やけに太くて大きな、木彫りの杖をげていた。


「案内? この山のかい?」


「そうだな。この山のことから始めて…。


 他にも魔法やアイテムのこと、モンスターの倒し方などについても教えてやろう。


 解らないことがあれば何でも訊くといい」


 つまりは、初心者向けのレクチャーをしてくれるらしい。


 とはいえ実のところ、今更か、という感じが否めない。


 この世界で暮らすための常識は必要最低限、把握していたし。知るべきことはまだまだあるのだろうけど、それは旅をしながら学んでいけばいいかと考えていたからだ。


 何より、初心者の僕に付き合わせちゃ迷惑だろうし。


「それは有り難いけど、大丈夫だよ。冒険の仕方、そんなに知らないってわけじゃないしね」


「いやいや、遠慮するな。わたしも冒険に出た頃は、右も左も判らなくてな。慣れるまで大変だったんだ。

 これから始める人には、同じ過ちを犯してほしくないんだよ」


「へぇ……?」


 どうやら、親切心で言ってくれているらしい。


 どちらかというと、僕は人から話を聞くのは好きな方である。幼い頃から興味の対象が少なかったせいもあって、何であれ好きな人から話を聞くと世界が広がり、いろいろなものが新鮮に聞こえたものだ。それは異世界でも、同じハズ。


「なら、お願いするよ」


「よし、任せておけ。


 わたしは、サマンサという。お前は?」


「僕はマサル」


「マサルか。よし、付いてくるといい」


 張りきって歩き始めるサマンサ。つづいて、僕も歩きだした。

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