第56話 過去の清算とやり直し

 『会って話がしたい』


 トーク画面を開いてその言葉を打つためにどれだけの時間がかかったのかを俺は知らない。

 送った味気ないメッセージにはすぐさま既読がついた。


 『そっち行くよ』


 俺と違って美緒は即答だった。


 『いや、俺がそっちに行く』


 その方が俺も踏ん切りがつくだろうから……だが打つよりも早く玄関をノックされた。

 意思に反して開けるのを躊躇う手に、いらだちを覚えたのか美緒の声が扉の向こうから聞こえてきた。


 「早く開けて !!」


 急かされるようにして玄関を開けると、受け身を取る暇もなく押し倒された。


 「やっと会えた……!」


 美緒は俺の胸板に頭を押し付けて感極まったような声を上げた。

 その声についさっき聞いたばかりの姉の言葉を思い出した。


 『今のままだと、怜斗は美緒ちゃんの気持ちをまだ踏み躙ったままだぜ?勝手に落ち込んで勝手に孤独になってって、ちょい自分本位過ぎなんじゃね?』


 自身の身勝手さを今更ながらに思い知る。


 「ごめん……」


 美緒の気持ちを色んな意味で踏み躙ってしまって―――――。


 「いいの、私もいろいろ黙ってたから……私の話を聞いてくれる?」


 思えば、小学生の頃までしか美緒のことは知らない。

 あの後、どんなところに身を置いてどんな風に育ってきたのか……全くと言っていいほど知らないんだ。


 「聞かせてくれ」


 やり直すために俺に必要なのは過去の清算、過去との決別。

 それすらも身勝手かもしれないが、やり直すためには必要なことに思えた。


 「うん、私ね―――――」


 美緒が口にしたのは、全くと言っていいほどに予想外の過去だった。

 俺と瑞葉との間に関係が出来たとき、どんな心境だったのか。

 中学校に上がってから変わるために何をしたのか、その過程に何があったのか。

 そして親との諍いの末に、俺のいる学校を俺の母から聞いて転校してきたことまで。

 

 「俺さ、優柔不断でさ……あのとき、美緒のことが好きだったにも関わらず、好きだと言ってくれた瑞葉の告白に舞い上がったんだ。本当の瑞葉がどんな奴かも全然知らないでさ、馬鹿だよな」


 大事な分岐点でしかし俺は間違った道を選択したのだと改めて実感した。

 でも美緒は責めるようなことは言わなかった。


 「いいの、言い出せなかった私も悪いんだから」


 瑞葉の過去を知った今、俺は改めて美緒に言うべきだと思った言葉があった。


 「こんな不甲斐ない俺で良ければさ……またやり直してくれないか……?」


 散々気持ちを踏みにじっておきながら余りにも虫のいいことを頼んでいる自分が心底、嫌になりそうだが、それでもやっぱり四月からみたいに美緒と一緒にいたいって思った。

 美緒から遠ざかっていたここ何日かの生活は、心に穴がぽっかりと空いたような気分だった。

 美緒が俺にとってどれだけ大切な存在になっていたのかをまざまざと見せつけられたのだ。


 「う〜ん、聞きたい言葉はそれじゃないんだけど……まぁ、陽菜ちゃんとかのこと考えるとフェアじゃないし……仕方ないかぁ」


 何やら不満そうな、それでいて考えるような素振りを見せると俺にはよく分からないことを言った。

 そして―――――


 「うん、またよろしくね。今度は勝手に私の前からいなくなったりしないでよ?」

 

 そう言って、俺の唇を奪った。

 あぁ……こんな俺で良ければ、これからも隣に居させてくれ―――――。

 声には出さず、密かにそう願った。

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