第51話 ある種の安堵

 「テメェ、何をしやがる!?」

 「暴力は感心しないなぁ」


 襟元を掴まれ突き飛ばされた二人は立ち上がりながら口々に言った。


 「お前らのあれも言葉の暴力みたいなもんだろうが!!」


 俺は言葉にし難い怒りを覚えた。

 手を上げてしまった俺が完全悪になることは遅れて追いついてきた思考によって理解した。

 だが、目の前にいるような連中は自身に危害の及ばない安全圏から攻撃をしてくる。

 だからこそ俺は、衆目の元で心無い言葉を浴びせる二人に手を上げたのだ。

 

 「さっきの言葉を取り消せよ!」

 「江尻チャンの流した噂だぜ?美緒ちゃんが誰とでも寝る尻軽だってな!!」

 「第一、その尻軽女がお前の何だってんだ?もしかしてこれか?」


 優男然とした顔の中に獣欲を滲ませた占部うらべが小指を立てた。


 「……だとしたら問題でもあるのか?」


 俺も覚悟を決めた。

 大事な友人を、美緒を守るためならどんな誤解を被っても構わない。


 「おいおい、今更やめてくれよ!興ざめじゃねぇか!」


 占部の取り巻きの酒巻がにじりよってくると拳を繰り出して来た。

 それをどうにか手で受け止めて、掴み合いのような状態になった。

 そこに占部が蹴りを見舞ってきた。

 クソ……避けれないか……。


 「ぐッ……」


 腹に蹴りをもろに食らって俺は軽く吹き飛ばされた。

 そう言えば占部はサッカー部だったな……。


 「先に手を出したのはテメェだ。ここにいる全員が証人だぜ?」


 酒巻が倒れた俺の顔を覗き込みながら言った。


 「お前らも手を上げたのだから同罪だろうよ」


 もう誰かが教師を呼びに行っているはずだ……。

 これでおそらく退学でも停学でも一蓮托生、もうコイツらが美緒の傍に近寄ってくるなんてことにはならないだろう。

 俺は痛む腹を抑えながら立ち上がった。

 そこに響く女子生徒の声。


 「二人が美緒ちゃんにかけたクソみたいな言葉、録音済みだよ!!」


 俺と二人をこれ以上、やり合わせないためか生駒さんが割って入ってきた。


 「怜斗くん、大丈夫!?」


 早見さんが駆け寄ってきた。


 「ここにいると危ないぞ……?」


 俺を睨む占部と酒巻の瞳にあるのは明確なる敵意。

 二人を危険に晒すのは望ましくない。


 「こんなときまで人の心配して……少しは自分の心配をして欲しいかな?」


 早見さんは、場違いな微笑みを浮かべた。


 「消せよ、その動画!」


 安心したのは束の間で、酒巻が生駒さんに掴みかかった。

 生駒さんはスマホを両の手で掴んで離さない。

 そんな生駒さんに対して酒巻は


 「チッ……痛い目、見てえのか?」


 そう言うと拳を握った手を振りあげた。

 俺は、その姿を見てホッとする自分がいることに気付いた。

 先に手を上げた俺に対して蹴ったのは、互いに悪いので彼らを絶対悪にするには不十分。

 だが、生駒さんに暴力を振るおうとするのなら別問題だ。

 彼女は何も手を出してはないのだから。

 これで連中は絶対悪に出来る……直接的に手を出さない陰湿なイジメと違って、彼らは手を上げてくれたのだから。

 明確にイジメと言えるかは定かでは無いが、この問題の解決がこれでよっぽど楽になるはずだと思ったのだ。

 考え無しに怒りに任せて手を上げた連中のことを思うと笑いが込み上げてくる。


 「お前たち、何をやっている!!」


 昇降口前の廊下に響く金切り声。

 どうやら誰かが教師を呼んだのか、あるいは騒ぎに気づいて来てくれたのか。

 ともかく教頭が来た以上、二人は生駒さんに手を出すことは無いだろう。

 俺は何となく肩の荷が降りた、そんな気分になった。


 


 †あとがき&展望†


 先日、この作品に対して「読み進める程、面白くなる」という感想をくれた方がいました。

 私の目指す物語の形がまさにそれであり、その感想をいただいたとき、やっとそんな作品を書けるようになったのかと私はテンションが上がりました。

 さて、そんな本作ですが……そろそろ終わりが見えてきた、そんな方もいるのでは無いでしょうか。

 プロットの時点では十万字を目処に話を組み立ててありますので、ここから物語は最終局面へと動いていきます。

 およそあと三十話程の投稿で終わりを迎えると思います。

 この後、登場人物たちのラブコメがどういう風に進展していくのか、引き続きお付き合い頂けると幸いですm(_ _)m

 

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