第49話 カフェオレに似て

 『流したんでしょ?噂』


 私の悪い噂が流れ始めてから一週間くらいが経っていた。

 中学時代の私を知るような生徒が私の知る限りではいないはずなのに何処からか湧いて出た噂。

 今更どうにかなるわけではないけど一応の事実確認として私は、久しぶりにメッセージアプリで瑞葉とのトークルームを開いた。


 『噂ってどんな噂なの?』


 すぐについた既読とメッセージは、何処までも白々しいものだった。

 

 『白を切るつもり?』


 怜斗や陽菜ちゃん、生駒さんが調べてくれたところによれば、江尻さんが噂を流していたらしい。

 瑞葉と江尻さんにどんな繋がりがあったかは知らないけど、私を貶めるために結託していることに変わりはない。

 私の身から出た錆だから、どうしようもないと言えばどうしようもない。


 『そういうわけじゃなくて、その噂がどんなものかは分からないから』

 

 どうしても私に言わせたいらしい。


 『私の中学校時代のこと』

 『中学時代?それだけじゃ分からないよ』


 受け入れるしかないとしても、今となっては私の恥でしかない中学時代の私。

 それを私の方から言わせて面白がる、何処までもねじ曲がった性格の持ち主だ。


 『昔とは変わったね。もういいよ』


 これ以上、こんな女と話す時間は無い。

 の受け答えにいっそ満足すら覚える。 

 私が全てを怜斗くんに話す決意が出来たとき、瑞葉の望みは絶たれるのだから。

 

 『それは美緒も一緒でしょ?あのままの引っ込み思案な性格でいてくれたらよかったのに』


 歯に衣着せぬ物言い、互いに嫌い合う私たちはもうあの頃の関係には戻れない。

 既読だけをつけて私は、メッセージアプリを閉じた。


 「何か嫌なことでも言われたのか?」


 コーヒーの入ったマグカップを二つ持って怜斗くんは私の隣にやって来た。


 「ん?昔の幼馴染と久しぶりに話したの。もうあの頃には戻れないし戻る気もないなって再確認」


 私のコーヒーには、ちょっとだけミルクが入れてあって甘くなっていた。

 茶色に濁ったそれは、混ざりあって最早コーヒーとミルクの原型を感じさせなかった。

 きっとそれが今の私と瑞葉。

 二人とも同じ人を好きになって、そして二人とも変わってしまった。

 私は怜斗くんを振り向かせるために、瑞葉は私という邪魔者を怜斗くんから遠ざけるために。

 

 「そうなのか……何かあったら何時でも相談してくれよ?」


 学校に行かなくなった私に対してもそれまでと扱いは変わらない。

 変に気をきかせるわけじゃなくて自然体のまま。

 それが今の私にとってはいつも以上に心地よかった。


 「うん。私に打ち明ける勇気が出来たらね」


 こんな状態になってもなお、怜斗くんには本当の私に気づいて欲しいという想いがあった。


 「まぁ、簡単に話せるような事柄じゃないしな。でもこれだけは言っておく。俺は美緒の味方だ。そして味方は俺だけじゃない。いつでも頼ってくれていいからな?」


 噂が虚偽のものじゃなくて、真実だと知ったときその味方は、味方でいてくれるのか。

 欺き続ける私を受け入れてくれるのだとすれば、私はこのまま何処までも人間として堕ちていってしまう、そんな気がした。

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