第46話 下り坂
ある日を境に美緒は学校に行かなくなった。
「行ってくる」
「ん、帰ってきたらいっぱい甘えていい?」
断る理由は無いし、ここで断ってしまったら美緒がどうにかなってしまいそうな気がして俺は頷いた。
「昼飯も用意しといたからチンして食べてくれ」
「分かった、行ってらっしゃい」
どこか虚ろな顔で俺を見送る美緒は、痛々しかった。
美緒を追い出したいとでも言うかのように噂は加速、クラスメイトはおろか、他クラスの人間までもが噂を真に受ける様になってしまった。
「はぁ……」
ろくに事情を知りもしないで噂を信じるクラスメイト達にはため息しか出ない。
「美緒ちゃんがそんな子だとは思わなかったわー」
時たま言葉を交わす矢野ですらそんな噂を信じていた。
「お前は確証もない噂を信じるのか?」
「そりゃぁ、みんな言ってるしなぁ……」
ろくに考えもせず、鵜呑みにする矢野を殴り倒したい気分になったが、どうにかそれはぐっと抑え込む。
「ちなみにお前は何か知ってるのかよ?」
矢野は逆に俺に訊いた。
「そんな奴じゃないって信じてる」
まだ出会って間も無い頃、
『今思えば、自分を変えたかった』
性に大らかな美緒は、そんなことを言っていた。
結局は、『私のことなんてどうでもいいから』と詳しくは教えてくれなかったが。
誰にでも踏み込まれたくないテリトリーはある。
美緒にとってはそれがそうなんだろう。
今思えば俺は全然、美緒のことを知らないんだな……。
その点で言えば、噂を疑わずに信じ込む連中と同じだ。
「おはよ、怜斗くん。浮かない顔してるよ」
「やっぱり顔に出てるか……」
早見さんは、いつの間にか手鏡を取り出して俺に見せた。
「いや、真顔だな」
「そう?なら私の気のせいだったかも」
何気なく交わす言葉、でも言葉以上の意味を持っている。
教室内で美緒の味方をすれば奇異の目で見られることは必定だろうという早見さんの意見により口頭での連絡手段は取らないようにしているのだ。
変わりに手鏡の鏡面には張り紙が貼られていて「お昼は屋上で」と書かれていた。
もっとも早見さんは、ミッションインポッシブル!とかってはしゃいでいたけれど。
「お前、いつから早見さんと……? 名前呼びなんだ……?」
ガッカリしたような顔で矢野は項垂れた。
◆❖◇◇❖◆
「お待たせ!」
片手にメロンパン、もう片方の手にはお弁当を持った早見さんが少し遅れて現れた。
「何か進展あったのか?」
俺の言葉に早見は表情を曇らせた。
「あったよ、あんまりいい方向じゃないけど……」
なるほど悪い話か……。
「というのは……?」
早見さんの口からもたらされた情報は予想以上に悪いものだった。
「噂の発端は江尻さんなんだって」
「高嶺の花の江尻さん、か」
陸上部のエースで、交友関係も広く取り巻きも多い、そんな生徒が噂の発端とはな……。
拡散力を前にどう太刀打ちすべきなのか、これは頭を悩ませてくれるな……。
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