第45話 斜陽

 体育祭が終わった頃からか、私の噂が流れていた。

 曰く、人の彼氏を寝取る女だとか。

 曰く、男を取っかえ引っ変えしているクズだとか。

 体育祭という生徒たちの一大関心事が終わったタイミングで、次の関心事になるようそんな噂を流すなんて、よっぽど悪知恵の回るらしい。

 

 「誰が噂を流したか突き止めて、嘘でしたって言わせるまで戦うよ!」

 「悪質だな。俺も噂の鎮静化を試みるよ」


 私を助けようと立ち上がってくれたのは陽菜ちゃんと怜斗くんだけ。

 

 「恋敵ライバルに協力しちゃってもいいの?」


 私は明るい自分を繕って、陽菜ちゃんに訊いた。

 すると陽菜ちゃんは笑って言った。


 「確かに美緒ちゃんは恋敵ライバルだけど、それ以前に友達だから!」


 私は初めて幼馴染以外の誰かに友達だと認められた気がした。


 「それに……今の美緒ちゃんと勝負しても対等じゃないから!そんなんじゃ、怜斗くんに嫌われちゃうかもだし……」


 恥ずかしいのか顔を赤らめた陽菜ちゃんは、眩しいくらいに真っ直ぐで純粋だった。

 

 「だから、辛いかもしれないけど絶対に助けてあげるから!」


 陽菜ちゃんは私の目を見つめて、手を握ってくれた。

 身から出た錆という言葉が相応しい今の状況、私は誰が噂を流したのか見当はついていた。

 

 「私の怜斗くんにこれからも手を出さないで欲しいの。頼まれてくれない?」


 きつく瞑った目蓋の裏側に思い起こされるのは、少し前の会話。

 下手に出つつも、油断のない眼差しで私を見つめるのはかつて私から怜斗くんを奪っていった瑞葉。

 彼女の申し出を私は――――


 「嫌、断る!」


 にべもなく断ったのだった。

 全てはあの時から、あるいは私に会う前から瑞葉の中では動き出していたのだろう。

 彼女の人脈は私なんかと比べ物にならないくらい広い。

 私の中学時代を知る由もない瑞葉が、どういうわけかそれを知っていて或いはでまかせをうちの学校の生徒を使って流しているのだ。

 怜斗くんが自分の元に戻る、盲目的にそう信じながら彼女は私をもう一度、殺しに来ている。


 「ありがとう……」


 私は自分の過去を隠したまま、知らない私の過去のしがらみと戦ってくれようとする健気な友人の手をとってしまっている。

 あぁ……なんて醜いんだろうか。

 自分の罪をひた隠しにして、他人の情けに縋る。

 これは悪し様に言われても仕方ないのかもしれないね。

 清算しきれなかった私の過去達が、奔流となって私に反旗を翻している、そんな感覚だった。


 「陽菜ちゃん、怜斗くん……庇いきれなかったら私を捨ててもいいから」


 言いたくもない言葉、でも言わなきゃいけない言葉。

 二人をこんなしょうもない状況に巻き込みたくは無いのだから。


 「なんでそんなこと言うの?」


 怜斗くんは黙って私の目を見つめ、陽菜ちゃんは私の肩を揺さぶった。


 「だって……が本当の私だから!!」


 二人の心象なんてわかりっこない。

 でも、だからこそ私は矛盾を抱えたまま祈った。

 私を助けて……そして嫌いにならないで、と。

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