第42話 傷口に塩
「ふふ……」
ひとりでに笑いが漏れた。
今日は私にとって記憶に残る一日になった。
気持ちに気付いて、美緒ちゃんと開いた差に愕然としたけれどその差を一歩詰めることができた日だった。
二人三脚の練習にかこつけて、と言うと聞こえは悪いけど私は怜斗くんと互いに名前呼びする関係になったのだ。
結局最後は苗字呼びに戻っちゃったけどね……。
でも一歩進む勇気を出せた自分に拍手、何かご褒美でも買って帰ろうか。
そう思った私は家の前を通り過ぎて駅の方へと足を向けた。
この先に美味しいクレープ屋さんがあったんだっけ……。
中学時代には足繁く買いに行っていた。
機嫌よく繰り出される足に任せて十分くらい歩いたところに見慣れた看板があった。
そして看板と同時に私の目には見慣れた光景が映った。
「今日はちゃんと一人で食わせてくれよ?」
「いいじゃん、二種類食べれる方が絶対楽しいって」
見慣れた二人は……見慣れたくもなかった関係の二人が言葉を交わし合っていたのだ。
私の気持ちを蔑ろにして弄んだ二人。
「どうして……?」
いつも彼らは私の心を
これが神の導きとでも言うのならものすごく性格の歪んだ神なのだろうか。
「もういい……帰ろう」
私の足は進むことをやめ踵を返した。
いいことの次には悪いことが起きる、なんて言ったりするけれどこれはあんまりだ。
駅へと向かう人の流れに逆らいながら私は肩を落として帰宅した。
変わらない事実は一つだけ、それは今日は記憶に残る一日であるということだった。
閉じかけていた傷に染みる新鮮な塩は、痛みを引き起こすために傷口をこじ開けようとしていた。
◆❖◇◇❖◆
「んっ…疲れた……」
俺に跨っていた美緒は気が済んだのかそのままベッドに横たわる俺へと倒れかかった。
「いつまでこのままなんだ?」
「うーん、わかんない。満足したら勝手に離れるから安心して」
美緒は俺に全体重をかけたまま眠そうに言った。
「そうか…明日になって俺が潰れていないことを祈っててくれ」
「そうするね…」
どうやら美緒は俺の上から退いてはくれないらしかった。
「そんなことよりね、友だちの話なんだけど聞いてくれない?」
美緒はそう切り出した。
あんまり人に関心のなさそうな美緒が誰かの話をするなんて珍しいな。
そう思うと興味が湧いた。
「聞かせてくれ」
「友達には好きな幼馴染がいてね、その幼馴染が別の女の子とくっついちゃったんだ。その友達は幼馴染の男の子を取られてちゃったわけだから悲しいよね。でもしばらくして幼馴染はその女の子と別れたの。それからさらにときは流れて友達はその幼馴染の男の子と再会したの」
「それは良かったな」
美緒ちゃんと再会できたのなら、と俺は思った。
あれから音信不通となった幼馴染は、今どこで何をしているのだろうか。
無性に会いたい。
そして謝りたい、そんな思いに駆られた。
「でもね、それとほぼ同時にどこで再会を知ったのか幼馴染の元カノは友達に連絡して来たの。幼馴染の男の子は渡さないってね」
別れたのにしつこい奴だな。
それがその話を聞いての俺の感想だ。
「その後、どうなったんだ?」
続きが気になって尋ねると美緒は体を起こして俺を見つめた。
「そこが最新話だよ」
意味ありげな微笑に何か引っ掛かりを感じたが、その正体に俺は気付くことができなかった。
もっと早くに気付くことができたのなら、と後悔することになるのだがそんなことは知る由もなかった。
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