第39話 揺れる瞳

 「ただいま……」


 夕方、帰ってきた美緒は酷い顔をしていた。


 「おかえり」


 出迎えた俺を見つめるその目は嬉しさこそ滲ませているものの、本当は辛いのに無理やり笑っているようなちぐはぐな表情を浮かべていた。

 詮索するのは良くないだろう、そう判断した俺が美緒にかけてやれる言葉は、


 「無理するな」


 その一言。

 何があったのかは俺の知るところでは無いが……俺の思うに人間として強いはずの美緒がそんな顔をしているということは、それほどに辛いことがあったのだろう。


 「怜斗くん……ッ!!」


 美緒は勢いよく俺の懐に飛び込んだ。

 後ろに尻餅をつくがそんなことはお構いなしに、靴すら脱がずあがりかまちに俺を押し倒すような格好で美緒は泣いた。

 俺はその背中を優しくさする。

 

 「ごめんね、服汚しちゃった……」


 五分くらいそのままでいた美緒は、泣き腫らした顔を上げた。


 「風呂に入れば服は変えるし、そもそも気にならない」


 つぶらな瞳が不安げに揺れていた。


 「一緒に入ろ……?」


 俺の腕を抱えて美緒は言った。

 その腕を振りほどいて一人で入れと諭すのは簡単なこと、だがその瞳を見てしまうと離していいのかは分からなかった。

 案の定というか美緒は


 「今は離さないで……お願い」


 そう言った。

 いつもみたいな気分は抜きにして、寄り添っていてあげるべきだろうな……。

 俺は美緒と一緒に脱衣場で服を脱いだ。

 着ていた服を洗濯ネットに乱雑に放り込んだ。


 「先入ってるな」

 「うん……」


 すっかり元気をなくした美緒は何処か痛々しい。

 何があったのだろうか……。

 考えても答えの出ない問いの答えを探しながらシャワーを浴びる。

 そこに美緒が入って来た。


 「流して」


 タオルすらも纏わず立ち尽くした美緒の頭にシャワーを浴びせた。

 髪を梳きながらシャワーで流すと、水が起伏に富んだ体のラインに沿って落ちていく。

 俺は、されるがままの美緒に思わず見とれた。


 「綺麗だな……」


 思わず漏れた言葉に美緒の身体がビクッと震えた。


 「こんな私でも……?」


 いつもと違って自信なさげな声で美緒は尋ねた。


 「辛くなったら俺に言ってくれ。出来ることなら力になる」


 男子よりも難しい女子同士の問題なのかもしれないし、過去の縁によるものなのかもしれない。

 なんでそんな風になってしまったかは見当もつかないがそれでも力になってやりたい、そう思った。


 「優しいんだね。でもその優しさが他の人に向くのは嫌」


 俺は優しいのか……?

 そんな自覚は全くもって無い。

 当たり前のことを当たり前にしているつもりだ。


 「善処しよう」

 「……元カノに会ったとしても?」


 どうしてその質問になるのかは分からないが、今更よりを戻すなんてことは有り得ない。

 

 「復縁するつもりは無い。向こうにもその意思はないだろうからな」


 そう答えると、答えに満足したのか或いは不満に思ったのか美緒は俯いた。

 結局その日は、何処か暗く交わす言葉も少なかった。

 

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