第38話 拒絶

 どこか落ち着いて話せるところに行きたいという瑞葉の言葉に従って、大手コーヒーチェーン店に入った。

 たしか全国に1200店舗近く展開しているようなコーヒーチェーンだから、何も川崎まで来といてそんなところ選ばなくてもいいのでは?と思ったけど、瑞葉と場所を選ぶ時間は無駄な気がしたし、美味しい料理を食べるとしても瑞葉と一緒だと味わえない気もして私は、瑞葉の選んだ場所に文句は言わなかった。

 適当に注文を済ませて私は瑞葉へと向き直った。


 「前置きは無しにしない?」


 腹の探り合いなんてしたくもない。

 核心を突くことを回避したような回りくどいやり方は無駄が多くて嫌い。


 「ひょっとして私、嫌われてる?」


 貼り付けたような笑みを浮かべて瑞葉は私を見つめた。


 「逆に訊くけど嫌われない理由が何処にあるの?」

 「そうだよね……」


 悲しそうに伏し目がちにコーヒーカップを見つめた瑞葉。

 その挙動さえ私には狙った上での挙動に見える。

 そんな弱々しい人間が、平気で人を裏切り皮肉を口にする姿が想像出来ない。

 人間として弱い奴は、大抵の場合は一度築いた関係の崩壊を恐れることを私は知っている。

 だから瑞葉の挙動の何一つとっても、内心を推し量る材料にはなり得ない。


 「用がないなら私は帰る」


 無駄な演技などしないで早く本題を言って欲しい。


 「本当に嫌われたみたい」


 弱々しい表情は何処へやら、瑞葉はさっきの笑みを浮かべて言った。


 「私ね、知っちゃったんだ」


 まるで見出し会話。

 いちいち私が訊かなきゃ会話は進まないの?

 そんな瑞葉の思惑には乗らない。

 私はただカップのコーヒーに口をつけた。


 「転校したら怜斗くんと同じクラスなんだって?」

 

 えっ……!?

 どこでそれを……ッ。

 口にしたコーヒーは味がしなかった。

 私の意識の全てが予想外の瑞葉の言葉にむけられているためなのだろうか。

 ただ暖かいだけのそれはただ不快な感覚を伴って喉を落ちていく。

 今の私は、どんな顔をしているんだろうか。

 動揺は表にはでていないよね?ポーカーフェイスのはず。

 思わずコーヒーカップを覗き込んで自分の表情を確認した。

 映ったそれは黒く濁った無の表情。

 私は少し安心した。


 「だとしたら?」

 「美緒のことなら怜斗くんとの関係に進捗は無さそうだけど、ふふっ」


 罠にかかった獲物を見つめるような瑞葉の細い目。

 私の一挙手一投足を見逃さない、そう言いたげな瞳。


 「だから一つ頼まれて欲しくて」


 瑞葉はそこで言葉を切った。


 「私の怜斗くんにこれからも手を出さないで欲しいの。頼まれてくれない?」


 私が当たり前のようにその頼みを受ける、そう思っているのだろう瑞葉はしかし驚いたような顔をしていた。

 バン――――――!


 「いきなりどうしたの?」

 

 気が付けば私は机を叩いていた。

 無意識のうちに瑞葉に拒絶の二文字を突きつけていたのだ。


 「嫌、断る!」


 私は周囲の目も気にせず感情のままにキッパリと告げた。

 そして席を立った。

 それがどんなに感情的で愚かな判断だったか悟った頃には、私の足は駅のホームに向かっていた。

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