第37話 皮肉

 迎えた土曜日、私は川崎駅で瑞葉と待ち合わせすることになっていた。


 「行ってくるね」

 「気をつけてな」


 前回は私が怜斗くんを見送ったんだっけ。

 そっと怜斗くんの唇に自分の唇を押し当てる。


 「もう一回いい?」

 「あ、あぁ」


 私は怜斗くんのもの、或いは怜斗くんは私のものだって刻むように私はもう一度怜斗くんと唇を重ねた。

 今度は舌を差し入れるディープなやつ。

 玄関先でやることじゃないのは百も承知、でも瑞葉に会うと思うとこれくらいせずにはいられない。


 「今度こそ行ってくるね」

 

 そう言って私は怜斗くんに背中をみせた。

 どんな顔で会ったらいいのか、何を話すべきなのか。

 顔も見たくないほどに嫌悪した相手との再会を前に私は少し取り乱していた。

 電車の車内ではネットで仲直りの言葉なんかを検索したりして、でもよく考えたら仲直りじゃないってことに気づいてタスクキルした。

 そう仲直りなんかじゃない……!

 これは、あくまでも瑞葉に呼び出されて行くだけの話。

 もう怜斗くんは瑞葉のものじゃないから負い目を感じる必要性もない。

 何を要求されたって私と怜斗くんにとってマイナスになるのなら拒否するし、仲直りを求められたら一蹴してやる。

 そんなことを考えているうちに私の乗る列車は川崎駅の一番線に滑り込んだ。

 

 『エスカレーターを上がってすぐの曲がり角にいるよ』


 瑞葉からメッセージが届く。

 どんな顔で何を考えながらこのメッセージを送ってるんだろうか。

 ふとそんな疑問が脳裏をよぎる。

 だがその疑問はすぐに立ち消えになった。


 「久しぶり。小学校のとき以来だね」


 あの時と変わらない邪気のない笑顔で、私に「怜斗くんと付き合うことにしたの!よろしくね!」と言って私の気持ちを踏みにじったときと変わらない笑顔で瑞葉はそこにいた。

 なんでそんな笑顔でいられるの?

 それが勝者の余裕なわけ?

 沸き立つ怒りを抑えて私は、瑞葉を見返した。


 「あの頃から


 精一杯の皮肉を込めて言葉を返す。

 すると瑞葉は首を傾げて言った。


 「そう?でも私と美緒との関係はあの頃と変わらないよ。友達のままだから」


 私の送った言葉以上に、皮肉が込められた言葉が帰ってくる。

 私は勝者で貴方は敗者、私は怜斗と恋愛関係になれたけど貴方は怜斗と友達のままだったよね?

 明確な言葉のナイフが私を深々とえぐる。


 「どうだろうね」


 その全てを否定する言葉を送る。

 怜斗くんとは友達のままでいるつもりは無いし、私はいつまでも敗者なわけじゃない。


 「行こっか」


 話は一旦保留とばかりに瑞葉は私に向かって言った。


 「どこでも任せる」


 さっさとこんな奴とは離れたいけど、ここで帰れば逃げたと同義、私は仕方なく瑞葉と行動を共にすることにした。

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