第29話 美緒の独白

 「今の私すっごい満たされてる、そんな気がする」


 部屋のベランダに立った私の口をついて出たそんな言葉。

 図書室での行為は新鮮ではなかったものの凄くよかった。

 なんで満たされたかって?

 それはきたるべきときまで私から口にすることは多分無い。

 強いて言うなら中学時代の私に原因があるんだと思う。

 決して思い出したい過去じゃない。

 でも起きた過去は変えられないから受け入れざるを得ない過去。

 瑞葉に怜斗くんを取られた私は、変わらなきゃ行けない、そう思った。

 意思が弱くて勇気もなくて、すぐに他人と比べてしまう私。

 怜斗くんのことが好き、でも勇気が無くて告白しようという意思はあっても行動には移せない。

 瑞葉と自分を比べて引け目を感じてどこか一歩退いた所にいる、それが当時の私だった。


 「美緒、俺と付き合ってくんね?」


 前髪をカットして明るい自分を装って、色んなことに関心を持つようにして自分を無理やり変えて中学校デビューを果たした私は、自分で言うのも違うかもしれないけど男ウケがよかった。


 「いいよ?」


 他の一軍女子にも引けを取らないような一軍男子からの告白、別に断る必要も無いしダメなら別れればいいだけのこと。

 なりたい自分と本当の自分との乖離を感じながらも自分を演じていた。

 演じた自分がいつの間にか板について、そのまま本当の自分になるとすら考えた。

 

 「ごめん、上手くいかないね。別れよう」


 でも何度もそんな言葉を言うことになった。

 結局、私の中身を見てくれるわけじゃなくてステータスで見てくる、そんな男子ばかりだった。

 そして、付き合う度にいつも私は怜斗くんと重ねてしまう。

 関係が長続きするはずもなかった。

 自分と他人を比べてしまう私は他人と他人も比べてしまうのだ。

 ますますなりたい自分と乖離していく私。

 いつしか男たらしとか蓮葉女とか陰口されるようになっていた。

 そんな私でも三ヶ月以上、付き合いの続いた男子はいた。

 今はもうどうでもいいけど、彼は私にどうしようもない悪癖を作っていった。

 それが今日の図書室での行為がよかった理由の一つ。

 私の家には酒癖の悪くなってしまった母がいたし彼の家には妹がいるとかでラブホにも行けない私達が行為に及ぶ場所は屋外だった。

 始めてしまえば、そっちに集中できるか場所なんて割とどうでもよくて、むしろ誰かに見られるんじゃないかという不安さの中に心地良さすら感じていた。

 あぁ……私ってどうしようもない変態だったんだって何度も自覚させられた。

 もちろんその彼と別れて以降、どこか物足りなさを感じ続けることになり悶々とするのだがそんな悪癖を言い出すことは出来なかった。

 高校に上がって、結局なりたい自分になれなかった私は自分の行為の無意味さを知った。

 そして私のことは色んな人に知れ渡っていて居ずらくなった私は、逃げるようにして転校した。

 もちろん選んだのは怜斗と同じ学校。

 再会した怜斗は私のことなんて忘れてしまっていたけれど温かくて優しいのは昔のままで私を満たしてくれている。

 でも私は怜斗に謝りたかった。


 「私、こんなに汚い女になっちゃったよ……ごめんね?初めてを怜斗にあげたかった……」


 頬を伝って落ちていく涙。

 あれ……なんで私は泣いているの?

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