第25話 味と匂いと

 「ただいま」


 午後九時過ぎ、ようやく俺は帰宅した。


 「おかえり。って、なんか色々あったみたいね」


 俺の顔を覗き込んだ美緒は開口一番、そんなことを言った。

 やっぱり顔に出てるのだろうか。


 「そうだな……」


 久しぶりに長いこと瑞葉と話した。

 別れたときですらこうも多くは話さなかった。


 「とりあえず、珈琲でも飲む?」

 「そうする」

 「なら、その間に着替えてきて」


 外行きの服を脱いでラフなジャージに着替えるとダイニングテーブルにある椅子に腰かけた。


 「はい、おまたせ。ドリップだけど許してね?」

 「気遣いだけでも嬉しいよ」


 何があったかを察してか、美緒は何も訊いてこない。

 別に今日あったことは話したくないという訳では無いのだが、それでも正直言って瑞葉に復縁を迫られたことは精神的な疲労に繋がっていた。


 「何と言うか染みるな」


 全くもって語彙のない感想。

 美緒は相変わらず何も言わないで俺を見つめていた。


 「そんなに俺を見て何か楽しいか?」

 「私の趣味、もしかしたら人間観察かも。今のところは怜斗くんだけが対象だけど」

 「そうか……」


 美緒に見つめられたまま、オレンジピール入りのチョコレートを指で摘んで口に運ぶ。

 ゆっくりと咀嚼し、珈琲と一緒に嚥下したところで美緒は言った。


 「怜斗くんってキスしたくなる唇してるよね?」

 「どういう基準だよ」

 「なんだろうね。確かめてみよっか」

 

 美緒の顔が近付いて来たかと思えば、俺の唇を塞いで舌をねじ込ませてくる。


 「んちゅっ……んっ……」


 悩ましげな声を漏らしながら、美緒は舌を絡ませてきた。

 しばらくの間、何かを確かめるように俺の口腔を縦横無尽にねぶった後、気が済んだのか銀色の糸を引きながら唇を離した。

 

 「答えは出たか?」

 「珈琲とオレンジピールの味がした」


 そりゃそうだろ、さっきまで食べてたんだから。

 

 「もう一つわかったこともあるよ」


 美緒はニッと思わせぶりに笑った。


 「何がだ?」

 「他の女の味はしなかった」

 「わかるもんなのか?」


 服に長い髪の毛がついてたとか、香水の匂いがしたとかならまだわかるけども。


 「さすがに無理。怜斗くんの表情の変化から何かわかるかなって試してみた」


 なるほど、美緒は今日俺と瑞葉との間に何があったかに興味が無いわけじゃないのか。

 でも訊いて来なかったのは、やっぱり美緒なりに俺のことを慮ってのことなのだろう。


 「だからね、今日は犯してもいい?」


 いつもそんな言葉は言わず、優しく誘ってくるのだが今日はどういうわけか違うらしい。


 「犯すって?」


 思いもよらない美緒の言葉に、違和感みたいなのを感じた。


 「だって怜斗くんから他の女の子の匂いがするのは嫌だから。私ので上書きするの」

 

 仕方なく瑞葉を抱き締めたときに付いたのか或いは――――。

 美緒はベッドまで俺を誘うと少し乱暴に押し倒してきた。


 「早く脱いで」


 自分自身も乱暴な手つきで服を脱ぎながら俺へと催促するのだった。


 ――――

 謝辞御礼

 ――――


 🎊気付けば2万PV突破です!

 ありがとうございます。

 もう一人の幼馴染の登場に揺れる二人の関係、引き続き物語をお楽しみくださいますようお願いします。

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