第24話 償い
眼下に見下ろす街は既に夜の様相で、横浜の港が、工場夜景が、街並みが不夜城を形成している。
「ねぇ、あれからどうなの?」
瑞葉は、話題を変えた。
「あれから……?」
「高校に上がってからの話。怜斗は引越してっちゃったでしょ?」
互いの関係にできた丸一年の空白。
その空白を埋めるように瑞葉は聞いてきた。
「一人暮らしを始めて、料理も家事も全部一人でこなすようになったな。時たま姉が来て様子を確認していく」
簡潔に俺の一人暮らしを説明した。
「女の子を連れ込んだりは?」
随分と突っ込んだ質問だな。
「してないな。強いて言えば……母の日のプレゼントでお菓子を作りたいって子がいて教えてくらいだ」
嘘は言っていない。
どちらかと言えば美緒に連れ込まれてる側だしな。
「ふ〜ん?ほんとにそれだけ?」
疑わしいものを見るような目で瑞葉は俺の顔をのぞき込む。
「それだけだ」
ポーカーフェイスのままそう答えた。
「そっか、よかったぁ!てっきり女の子を連れ込んでヤリたい放題なのかなぁって心配しちゃったよ」
「下世話な心配だな。そういう瑞葉はどうなんだよ?」
聞かれてばかりじゃ割に合わない、俺は瑞葉に尋ねた。
「怜斗と別れて傷心から立ち直った後、何人かと付き合ったよ。でも体どころか心の相性も合わなくて……長続きしなかった」
随分とあけすけに話すんだな。
俺は今の生活については人に話せないっていうのに。
「でさ、気付いたの。失ったものの大きさにね。私達、初めこそ順調だったから……どこで道を間違えちゃったんだろ」
何が原因で俺の気持ちが瑞葉から離れてしまったのか……その問いに俺は答える気にはなれなかった。
ちなみに答えは主に二つ。
一つ目は気持ちの整理もつかないまま付き合い始めてしまったこと。
二つ目は美緒に対して、少し接し方の変わってしまった瑞葉に嫌悪感を感じてしまったこと。
俺は美緒に疎外感を与えてしまっていることを申し訳なく思っていたが、瑞葉はそうではなくてむしろ俺という彼氏をひけらかすように美緒に接していた。
そして俺が美緒に謝ろうとすれば、それを止めようとしたのも瑞葉だった。
でも俺は瑞葉に何かを言うではなく、一度落ち着いてしまった関係を壊すのが怖くて、瑞葉に嫌悪感を抱いた自分をひた隠しにして付き合い続けた。
俺は意気地無しだったんだ。
「そんなの今更考えたってどうにもならないぞ?」
だって既に終わってしまったことに関して今更何かができるというわけでは無いのだから。
少しばかり強いあたりで俺は瑞葉に言う。
すると瑞葉は俺の顔をのぞきこんだまま、意を決したようにして思いもしない言葉を口にした。
「ねぇ、やっぱりやり直そうよ!今の私なら絶対に道を間違えないから!」
眦を決して掴んだ俺の手をそっと胸に描き抱いて瑞葉は言った。
でも俺はそっとその手を振りほどく。
それで答えには十分すぎるだろう。
「やり直すことは出来ない」
瑞葉にはただそれだけを言った。
「なら、今日の思い出に優しく抱き締めて。償い……してくれるんでしょう?」
ここで別れを告げたあの日と同じように瑞葉は俺に求めた。
償い……か。
これで瑞葉が諦めてくれるのなら――――。
謝罪の念を込めて俺はそっと瑞葉の背中に腕を回した。
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