第18話 ピンクグレープフルーツ

 「ん〜おいひぃ」


 早見さんがフランボワのショコラにフォークを突き立てながら言った。


 「そこはかとなく香る複雑な香りが赤ワインなのかな?」

 

 ウンウン、と頷きながら早見さんは咀嚼している。

 すげぇ美味そうに食べるのな……。


 「そんなに美味しいの?」


 俺の隣に座った美緒は、俺の顔を覗き込んだ。

 実は美緒の注文はグレープフルーツタルトで、俺と早見さんとは違うのだ。


 「再現することを諦めたくなるくらいな」


 これでも俺の趣味の一つは料理だったりするのだ。

 外で美味しいものを食べると再現したくなるのだが、ここまで美味しいと再現する気にもならない。

 再現するとあまりにも本物もかけ離れたクオリティにガッカリするのだ。


 「ふ〜ん、なら一口くれないかな?」


 小鳥のように小首を傾げてみせる。


 「いいけど?」

 

 俺はケーキの皿を差し出す。

 すると美緒はそれを突き返した。


 「どういうことだよ……?」

 「やり方がダメ」


 じゃあどうやってやるんだ?


 「私が手本を見せてあげる」


 そう言うと美緒は、自分のグレープフルーツタルトを手頃な大きさにフォークで切り分けるとそれを俺の口元へと運んだ。


 「ほら、あ〜ん」


 人前で、なんつー恥ずかしいことを……!

 やめてくれ、と美緒を見るとそこには小悪魔がいた。


 「ほら、食べてくれないと恥ずかしい思いしちゃうよ?」


 店内には他の客もいる。

 このままでは、場を弁えないバカカップルだと認知されてしまいそうだ。

 俺は仕方なく美緒の差し出したそれを口にした。

 口の中いっぱいに広がる酸味はしかし、甘みとのバランスがよく軽やかな味わいだった。


 「次は怜斗の番、だよ?」


 いつもは「怜斗くん」と呼ぶくせに、こういうときは名前だけだった。


 「あ、あ〜ん……」


 俺は恥も外聞も捨て去って一口大にカットしたフランボワのショコラを美緒の口元へと運ぶ。

 美緒が小さく口を開けて艶かしい口腔が見えた。

 これはアカン……刺激が強すぎる。

 そしてカプっと美緒はフランボワのショコラを食べた。


 「きっと早見さんの食べたフランボワのショコラよりも美味しいよ」


 顔を寄せて美緒はそう言った。

 そして―――――俺の口元をチロっと舐めた。


 「クリームついてたよ」


 なるほど、あ〜んの目的はこれか……。

 今更気づいたがもう遅かった。


 「おっほん!もしもし〜?」


 わざとらしく早見さんが咳払いをする。


 「陽菜ちゃんどうしたの?」

 「どうしたもこうしたもないですよ!私がいること忘れて二人の世界に入ってません?」


 早見さんが美緒に向かって文句のように言うと美緒はろくでもないことを考えてるときにする、人の悪い笑みを浮かべた。


 「あ〜なるほど、陽菜ちゃんもが欲しかったの?」

 「ち、違うから!ってか美緒ちゃんが言うとすんごく意味深に聞こえるんだけどっ!?」

 「意味深ってどういうこと?」

 

 ニヤニヤしながら美緒は畳み掛けていく。

 てか今更だけど昨日の今日で互いに苗字呼びをしなくなるくらいには仲良くなったんだな。


 「し、知らない」


 タルトのピンクグレープフルーツみたいに真っ赤になった早見さんは、ぷいっとそっぽを向いた。


 「美緒、いい加減にしとけ」


 止めなきゃどこまでも暴走するこの変態さんを俺は一人では持て余しそうだった。

 いろいろ押しきられてる感あるしな。


 「決めたよ、和泉くん!」


 早見さんは真っ赤な顔で俺を見つめた。


 「どうしたいきなり?」

 「私、二人の監視係になる!」

 「ふぇ?」


 美緒が間抜けな声をあげた。


 「ほら、二人だけだとどこまでもエスカレートしちゃいそうだから」


 それはそうだな……。

 俺は可能な限り自制するつもりだがらこれからの学校生活を考えれば制止役は必要だ。

 早見さんがいれば、俺が美緒を受け止めきれずに持て余すこともないだろう。


 「俺から頭を下げてでも頼みたい」

 「ふぇ?」


 いまいち状況を把握していない美緒を尻目に、俺と早見さんは一つの決意を胸に抱く。

 それは学校では『致さない、致させない』だ―――――。

 後から冷静になって、何当たり前なこと考えてんだ?ってなったのは別の話。

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