第6話 お願い

 「じゃーん!エプロンだよ!」


 女の子らしいエプロンを身に付けた新妻あづまはその場で一回転してみせる。


 「感想は?」

 「似合ってるよ」

 「なーんか反応薄いね。ひょっとして裸エプロンとかの方が良かった?」


 ニヤニヤ笑う新妻さん、思わず裸エプロンを想像しそうになったがどうにか頭の片隅へ追いやった。


 「おっぱい火傷したらどうするんだよ?」

 「さすがに冗談。それは恥ずかしすぎるね」


 というわけで準備も整ったことだし、早速調理に取り掛かろうというわけである。


 「ほんとに私みたいなカップラーメン&インスタント女に出来ることなんてあるの?」


 生活力が無いのは困りもの、というわけで生活力向上のために料理は手伝って貰うことにしたのだ。


 「切ることくらいなら猿でもできると思うが?」

 「遠回しにディスってない?」

 「いや、直でディスってる」

 「尚更ダメじゃん」


 こんな調子で始まった調理、しかしいざ包丁を持たせて見れば


 「痛いっ!ちょっと指切っちゃったよ」


 と、このザマである。


 「はいはい、絆創膏巻いてくれ」


 そう言うと新妻さんは棚からバンドエイドを取り出す。

 そして一枚を手に取ると俺を見つめた。


 「なんだ?」

 「ほら私、怪我人だからさ。健常者の和泉くんに絆創膏してもらおうと思ってね」


 それくらい自分でやってくれよ、と思いつつ放っておいたらいつまでもそうしていそうなので仕方なく絆創膏を巻いてやることにした。


 「消毒液あるか?」

 「ないんだよね……」


 普通は常備してそうなんだがな……。

 俺の部屋から取ってくるか?などと考えていると


 「いいこと思いついた。口開けてよ!」

 「え?」


 突拍子もない言葉に思わず口を開けてしまうと新妻さんは頬を赤らめながら遠慮がちに俺の口に怪我した指を差し入れた。

 なにしてんの……?

 思考が追いつかず奇妙な時間と沈黙が流れる。

 

 「どう?ドキドキする?」

 「え……はひひてふんあ?」


 何してんだ?と言おうとしたが新妻さんの指に邪魔されて喋れない。


 「うんうん、聞くまでもないみたいだねぇ〜」

 「どうしてそうなる!?お、おお、俺は……ドキドキなんてしてないぞ……」


 どうにか我に帰って否定するが、言葉の切れが悪く説得力がまるでない。

 

 「さて、調理に戻ろうよ」

 「お、おう……」


 調理を邪魔したのは新妻さんの方だろうが……。

 気づけばすぐに主導権を握られている、そんな気がした。

 そんなこんなで一時間、調理は終わった。


 「米を研いで水に漬けるとこからだったから時間かかったが完成だな」


 メニューは入門にも優しい豚の生姜焼きと味噌汁、そしてサラダである。


 「ふぅ〜ちかれたー」


 エプロンを脱いだ新妻さんは、一足先にテーブルについた。

 お盆にのそて運び、手際よく並べて俺も新妻さんの対面に座る。


 「いただきます」


 手を合わせると目を煌めかせて新妻さんは箸を口に運んだ。


 「カップ麺よりもインスタントカレーよりも美味しいね」

 

 本当に美味しそうに食ってくれるんだな……。

 よっぽど気に入ってくれたのか新妻さんはすぐさま完食してしまった。


 「これくらいならすぐ作れるから、新妻さん一人でもどうにかなるよ」


 励ますようにそう言うと、新妻さんは寂しそうな表情を浮かべた。


 「もう作ってくれないの?」

 「えっ……?」

 「また孤食になっちゃうなぁ……」


 どこまでが芝居なのか、或いは全てが本心なのかは分からなかったが新妻さんは残念そうに言った。


 「和泉くんも一人で食べてるんだよね?」

 「そりゃあ一人暮らしだし……てか今更だけど新妻さんも一人暮らしだったんだな」

 「だったらさ、これからも一緒に作って、一緒に食べてくれない?」


 今日で何度目か分からない上目遣い、でもその瞳は潤んでいて本気なのが窺える。

 そんな顔されたら断れないだろうが――――。


 「俺で良ければ……」


 故に俺の答えはこれしかなかった。

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