猫は動じない

1階へ到着すると、正面入り口の前に人集りが見えた。


やはり何人か取り残されていたらしい。


猫が姿を表すと、一斉に皆の視線が向けられた。


しかし疲弊しているのだろう。一様に座り込んで誰も声を発さない。



「ヤマさん、どういう状況だニャ?」


「お、●●●さんやっと会えたね・・・なんで猫なの?」


「こんなときに何言ってるニャ」


「うん・・・まあ・・・いいんだけど」




小柄な女性が●●●へ駆け寄ってきた。


「●●●さん!良かった!無事だったんですね・・・なんで猫なんですか?」


「アサギさんもいたのかニャ。猫の話をしてる場合じゃないニャ」


アサギと呼ばれた女性社員はちょっとたじろいだ。


「え、ええ。そうですね・・・(気付いてないの?)」



「リンドウさんも合流できてよかったニャ」


リンドウと呼ばれた男が口籠もりながら猫に挨拶をした。


「●●●さん・・・いや僕も嬉しいですけど」


なんだかよそよそしい・・・・。


「ん?どうかしたかニャ?」



この場にいるものは猫を含めて7人。


幸運なことに全員、猫と頻繁に仕事上の遣り取りをしている者だった。



「とりあえずさ、見てよこれ」


「・・・・え?」



正面口のガラス張りの扉からは、いつも通りの大通りが見えた。


しかし、道ゆく人々は不自然な体勢で停止し、車も動いていなかった。


「外に出れたのかニャ?」


「出れないね。ガラスみたいに見えない壁があるんだよ」


ヤマさんが拳で空間を叩くと、ゴツッという鈍い音が轟いた。


「ふっ!!!!」


猫は後ろ回し蹴りを放ったが、やはりビクともしない。


「いくら●●●さんでも無理だよ。ハンマーでも叩き割れなかったんだから」


「・・・・一体何がどうなってるニャ」


「とりあえず状況を整理するニャ」




皆でいくつかの情報を共有し、状況をすり合わせた。



1.猫以外の人間は気がついたらこの場所にいた。


2.他の人間は見当たらない。


3.1階から外界に出ることはできない。


4.電波は入らないが内線は使用できる。


5.非常電源に切り替わっており、非常用コンセントを除き電気は利用できない。照明もいつまで保つか不明。


6.妙な仮面を被った白衣の男が首謀者のようだ。便宜的に『仮面博士』と呼称。


7.仮面博士は空間移動とマネキンを操る力を使う。他の能力がある可能性も。


8.ハタダイさんも取り残されており、仮面博士に連れ去られた可能性が高い。



「大変だったんだよ。みんなパニックになっちゃって」


「すみませんニャ、俺がモタモタしてるから・・・・」


「いや、一番大きな収穫ですよ。そいつを捕まえればいいんだから」


「マネキンもいい情報ですね。少なくとも私たちじゃ破壊できないでしょう」


女性陣の年長者であるサンジョウが代表して発言した。



差し当たっていくつかの問題を解決しなければならない。


「B2Fに内線したけど誰も出ないんだよ。誰かいれば心強いんだけど」


下手に動かなかったのは良い判断だった。どこで仮面博士に出くわすかわからない。


「ヤマさんとリンドウさんが冷静で助かったニャ」


「まずはやるべきことを絞るニャ」


幸い、今は夏だ。凍え死ぬことはないだろう。


とすると・・・・。



1.食料と水の確保


2.通信手段の確保


3.電気の確保



「その後、館内を探索したほうが良さそうだニャ」


皆が頷いた。


「でも・・・誰が・・・?」


アサギが不安そうに猫を見る。


「もちろん俺だニャ」


「僕も行きます」


リンドウが続いた。


リンドウは同僚である以前に友人として、猫の側を離れたくなかった。



「リンドウさんはここで待機してほしいニャ」


「でも●●●さんひとりじゃ・・・」


「動いてもらう時に電話するニャ」


館内を自在に移動できるのは、この場では猫とリンドウのみだ。


いざとなったらみんなを連れて逃げて欲しいのだ。



「ヤマさんはここでみんなを守って欲しいニャ」


「それがいいね。私は2人ほど裏道に明るくないからね」



猫が冷静に状況を整理すると皆落ち着きを取り戻したようだ。


「そんじゃま、ひとっ走り行って来るニャ」


猫は大きな伸びをした。



「ところで●●●さん」


ヤマさんが不思議なツラを更に不思議にして訪ねた。


「さっきからみんな何ですニャ?人のことジロジロ見て」


「気付いてないの・・・?」


「気付くことがあるのかニャ?」


「・・・あのさ・・・●●●さん、猫になってるよ」


「・・・・え?」



猫は化粧品売り場の鏡へ走り出した。


恐る恐る鏡を覗き込むと・・・・そこに映ったのは、猫の顔だった・・・・。



「・・・・なんで猫なんだニャ?」



「いや、もっと驚くとこでしょそこは」

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