第18話 私たちだけのお城だよ

 窓から差し込む朝日、鳥の声。爽やかな早朝……に、私は机につっぷした。


「うえーっ、できたー!」


 目の前には綺麗に清書された資料。『めろでぃたいむ』の収支報告、事業内容、そして今後の収益の見込み。これを私は必死でまとめあげた。

 なんせ相手はやり手貴族で通っている鉱山王なのだ。例え息子からの話だからと言って、ほいほいと融資を受けられるとは思わない。それに……。


「ラインハルト、アイドル事業が軌道に乗ったって思ってくれたのね」


 ラインハルトにとって、この事業を実家に話す、ということは音楽をやりたいと言っているのと同然だし、私はそれが嬉しかった。


「ラインハルト! 資料ができたわよ」


 私はそれを彼に託し、あとは返事を待つだけと一眠りすることにした。


***


「うーん、次はうちわかなー」


 ラインハルトが実家での交渉をしているうちに、私は新しいグッズの案を練っていた。

 握手会が成功したということは、今後固定メンバーの推しが加速するはず。

 今までのお土産的なグッズではなくて、ライブで使えるものを増やしたい。

 ミゲルという画家も抱えることになったから、イラストも入れられるし。

 それから拠点……専用劇場が出来るとしたら、それに映えるようなものが欲しい。


「とうとうこれの出番か」


 私は改良版のペンラを取りだした。以前のものよりずっと軽いし、すっぽ抜けないようにストラップもつけた。スイッチを入れると発光するが、私がその場でスキルを発動させるとそれぞれの推しの色に変化する。


「少し高価なのがネックね」


 なにしろひとつひとつ手作りなので、量産ができない。

 ただ、劇場でこれを使えばかなり映えるだろうし、盛り上がるだろう。


「大丈夫かな……ラインハルト」


 色々と検討したが、劇場を手に入れる資金があってこそだ。

 そんなラインハルトが帰ってきたのは翌々日だった。


「リリアンナ!」

「ああ、お帰りなさい。ラインハルト」


 どうなったのだろう。私はうずうずする気持ちを抑えて、ラインハルトを出迎えた。


「……融資は取り付けた」

「本当!?」

「ああ。だが三年以内に利子をつけて返済することが条件だ」

「望むところよ!」


 ああ良かった。これで念願の劇場が持てる!


「ところで、お父様はこの事業のことをなんておっしゃっていたの?」


 私がラインハルトに聞くと、彼はこそばゆいような困ったような微妙な表情を浮かべた。


「父上はビックリしてた。僕の音楽好きは知っていたけれど、まさかそれを事業にしようだなんて想像できなかったみたいでね。でも、僕が言い出したことだし、新しい事業に挑戦することはいいことだからってさ」

「良かったわね」

「……ああ」


 さあ、そしたら資金繰りも出来たし、劇場を買い取って改装するわよ!


***


 トントントン、トントントン。金槌の音を響かせて、劇場の改装が進んでいる。


「リリアンナ、ここの劇場の名前はどうしようか。元はカワセミ座っていうらしいんだけど」

「それはもう決めてあるの。ここの劇場の名前は『めろでぃしあたー』よ」

「うん、いいね」


 こうして工事は進み、ボロボロだった劇場は美しく生まれ変わった。

 白い外装には、ポイントでメンバーカラーが入っている。入り口には『めろでぃしあたー』の文字。


「ここがチケットカウンター、こっちが物販ブース、あっちはイベントルーム……そして、ライブ会場!」


 ああ、最高!

 ちゃんと専用劇場ができたから、チケット代も取れる。ここは反発を招くかもしれないけれど、今までもチケット代わりにファンの方はグッズを買うみたいな流れはあったから、一斉にそっぽを向かれるようなことはないだろう。

 もちろん無料ライブも時々は行うつもりだ。


「ねぇ、楽屋はどう?」

「プロデューサー!」


 私がひょこっと楽屋に顔を出すと、みんな一斉に私の元に駆け寄った。


「いいんですか、こんなとこ使って!」

「いいのよ。その代わり、二回公演のある日もあるわ」

「まかせてください!」


 着替えスペースとドレッサーを備えた楽屋は、メンバーに大好評だった。

 ここまで贅沢な楽屋ってなかなかないのではないかしら。

 これは私のこだわり。


「私たち、劇場初ライブ絶対成功させます!」

「頼んだわよ!」


 士気が高いめろでぃたいむのみんな。

 レッスンもいつも以上に気合いが入っているようだ。


 そんなみんなに答えるべく、私たちも告知に力を入れる。

 町中でのポスター、そしてチラシ配りに加えて、首都の新聞にも広告を打った。

 首都の新聞っていうのは色んな地方にも届けられるしね。


「リリアンナ様!」

「どうしたの、スージー。そんなに慌てて」

「事前の予約でチケットが完売しました!」


 無料じゃないから人がこないかも、というのは杞憂だったようだ。

 そうしてライブ当日を迎え、熱気満載のファンの方々が『めろでぃしあたー』に押し寄せた。中にはチケットは取れなかったけれど、せめて劇場の前まで、というファンまで現れ、私たちは大忙し。


「みーんなー! 来てくれてありがとー!」


 いつものキャロルの挨拶に轟音のようなレスポンスが湧き上がる。


「よっしゃー! いくぞー! タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー!ダイバー! バイバー! ジャージャー!」


 大盛り上がりの熱狂の中でめろでぃたいむ専用劇場、初ライブは終わりを迎えた。

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