第17話 握手会だよ!……そして
やってきました、握手会。握手券販売にそなえ、臨時スタッフも雇って万全の体制だ。会場も教会をお借りした。
前世のアイドルの現場でもそうだったけど、混乱を避けるためにいくつかルールを設けさせて貰った。
まずひとつ。握手は四秒、複数枚の握手券で延長可能。握手券の購入は一回五枚まで、それ以上はまた列に並び直すこと。これをスタッフはもちろん、イベントの告知の際にしつこいくらいに周知した。無用なトラブルがないといいけど……。
「ううん、いい出来!」
物販の設営をしながら、私はできあがった握手券を眺めた。券の上部はアイドルカードになっていて、握手が終わって下のチケット部分を切り離したら、そのまま持って帰れる。
そこにはクッションを抱いて笑顔のキャロルが描かれていて、とってもギャンカワなしあがりとなっている。
「さーて、そろそろイベント開始よ! 気合い入れていきましょう」
「はい、プロデューサー!」
私は会場の扉を開いた。
「おお……待機列」
いつからそこで待っていたのか分からないけれど、表には列が出来ていた。
「みなさん、お待たせしました。握手会イベント開始です。まずは握手券の購入をお願いします」
私の声かけに、ぞろぞろとお客さんたちは移動する。まずは入り口のカウンターにて握手券を購入。それから仕切りの向こうの握手会スペースに移動する形だ。
「キャロルをください」
「はい」
「アイラとイルマを二枚ずつ」
次々とチケットが売れていく。壮観だわ。
と、なると心配なのは握手会スペースのほう。メンバーにもしものことがないように、時間になったら声かけするいわゆる「剥がし」が各メンバーに二名ずつ、いざという時に駆けつける追加スタッフが二名だ。
大きなトラブルがあるとしたら絶対にここだから。それから……。
「うーん、大丈夫かしら」
後はメンバーの列の方。暴れたりする人……ではなく、メンバー間の列の長さの差が心配。差が出来るのは仕方ないけど、あまり極端に偏らないといいんだけどな。
「それでは前列の方から、握手券を出してください」
さて、握手会の開始よ。私は参加経験があるけど、スタッフもお客さんもみんなが今日初めての経験だ。
「これ……お願いします」
キャロルの列の先頭のお客さんは上限五枚の握手券をさっそくスタッフに渡した。
「はい、では二十秒ですね」
握手会の始まりだ。キャロルはにこっと笑って手を差し出した。
「こんにちは!」
「あ……こんにちは……」
「お名前は?」
「デニスです」
「よく来て下さってますよね」
「えっ……わかるんですか……?」
「――はい、お時間ですー」
デニス君は剥がしに引きずられて幸せそうに消えていった。
列はやはりキャロル、次いでアイラの列が長い。その他はほぼ同じくらいといったところか。ああ、少しルルの列が少ないかもしれない。
だが、私は観察していて気づいてしまった。ルルの列は進みが遅いような……。
「こんにちはっ」
「ルル、いつも見てます」
「ありがとう!」
「その……本当に男の子なの?」
「そうだよ!」
こんな感じで、みんなルルの性別を確かめようとしている。
「うう……やはり男か」
「何を言ってる、だからいいんじゃないか? むしろお得だ」
「よし、もう一週行ってくるぞ!」
どうも、ルル推しヲタの皆様は濃い方が多いみたい。
そういう意味では、クリスティーナの列もちょっと面白いことになっている。
「……」
「こんにちは!」
「どーも」
「あの、別に好きじゃないって言ってください!」
「そ、そんな思ってもないこと言えるわけないだろ」
「ああ~」
計算した訳じゃないだろうけど、クリスティーナは絶妙なツンデレ具合を発揮している。
そんな様子を眺めていた時だった。私の背後ですごく大きな声がした。
「わー! 当たった! ツーショットお絵かき券!!」
「いいなぁ!」
「日程をお知らせしますのでこちらにどうぞー」
スペシャル握手券も好評みたいだった。
そんなこんなで、もたついたりした場面もあったものの、大きなトラブルはなく握手会は終了した。
「お客さんと仲良くなれたにゃ!」
「顔を覚えました!」
メンバーもそれぞれ得るものがあったようで、なにより。
「リリアンナ、無事終わったな」
「ええ。ばっちり利益も出たし、次回も考えなきゃね」
握手会終了後の軽い打ち合わせ中に、ラインハルトも少しほっとしたようにそう言った。
「だけど、教会の会場は今日の人数でぎりぎりだったな」
「そうね。次は人が増えると考えると……」
他に大きい建物、となると市庁舎とかになってしまう。だけど、公の建物な訳だし、貸してというのもな。
私がそう考えて悩み始めると、ラインハルトが口を開いた。
「……拠点を作らないか?」
「拠点?」
「ああ。ライブに来るお客さんの数も増えてきて、路上ライブでは限界が来ていると思うんだ」
「それは……確かに」
今はまだ、モンブロアを盛り上げようとしてるって周りが理解してくれているから大丈夫だけど、毎回その辺の路上では苦情が来るのも時間の問題だろう。
「そうは言っても……」
「あるじゃないか。丁度いいのが」
「……なに?」
「劇場だよ」
劇場。私は息を飲んだ。確かにワーズの街には潰れた劇場がある。あそこなら十分人が入るし、拠点としては十分だ。毎回設営の手間がなくなれば、ライブの回数だって増やせる。
「でも……それだけの資金がないわ。実はこれまでの活動で、私の貯めていたお小遣いはほとんど使ってしまったの。今日はプラスの収益になったけれど、メンバーに還元もしたいし、そんな大きな計画を動かすだけのお金は……」
「リリアンナ。一つ忘れてないか」
「……え?」
私が彼の言っていることがよく分からなくて聞き返すと、ラインハルトはにやっと笑った。
「安心してくれ。僕の実家も太い」
「ラインハルト……」
「『めろでぃたいむ』はこれまで実績を出してきた。僕の実家に……融資を頼むよ」
ああ、ラインハルト! なんて頼もしいの!
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