第2話 スキル授与ダヨ! 転生チート!

 その日は、私の心を映したかのように快晴だった。


「今日は一層、お美しいですわ。リリアンナ様」


 私の髪を結い終わった侍女が口々にそう褒めてくれる。うん、私もそんな気がしている。

 こんな風にお洒落をすることにうきうきするのは久しぶり。


「まるで、握手会の前みたい」

「え? 何かおっしゃいましたか」

「ううん、なんでもないの」


 握手会などの接触イベント前には、こんな風に精一杯着飾って挑んだものだ。かわいいアイドルの瞳に映る自分はやっぱり少しでもかわいくいたい。そう思って。四秒で剥がされるんだけど。


「数の少ない女ヲタは目立つしね……ふふ……」

「え? 何かおっしゃいましたか」

「ううん、なんでもないの」


 そんなドレスアップをしたら、屋敷を出て王宮内の大神殿に向かう。

 白く美しい大理石の神殿には、今日スキル授与の儀式を受ける貴族の子女たちがぞろぞろと集まっている。私がそれを眺めていると、ラインハルトが私を見つけて駆け寄ってきた。


「リリアンナ、楽しみにしていた儀式の日がやってきたね」

「ラインハルト。そうね、どんなスキルが貰えるのかしら」


 私は期待を込めて、中央の女神の像を見上げた。するとなにやら視線を感じる。振り返ると、そこには仏頂面のロイド王子が立っていた。


「ごきげんよう、ロイド王子」

「ああ……とうとう我々も成人ということだ」

「そうですわね」


 私はにっこり笑顔を返す。今日は機嫌がいいのだ。


「それはだ……その……つまり、その……成人貴族として……」


 王子はどうしたのかしら。何が言いたいのか分からない。


「と、して……?」

「はっ、恥ずかしくないスキルを得られるといいな!」

「そうですね」

「ふ、ふん!」


 王子はそう言い残して、足早に去って行った。なんだかよくわからないけれど、よかった今日は喧嘩にならなくて。


「スキル授与の儀式に参加するお方はお集まり下さい」

「ほら、呼んでる。行かないと、リリアンナ」


 神官の呼びかけに、ラインハルトが私を呼ぶ。


「ええ! 行くわ、待って」


 私たちは祭壇の前に集められた。その前にはこんこんと泉が湧いている。とても神聖な雰囲気がする空間だ。神官長が静かに語り出す。


「これは神界と繋がる聖なる泉です。ここから湧き出る力が、皆様のスキルの源泉となるのです」


 そんな説明を受けながら、私たちは泉に注目した。清く澄んだ水の奥底に、オパールのように虹色にきらめく何かが揺蕩っている。あの向こうが神界なのかしら。


「それではスキル授与の儀を始めます。皆様ご準備を」


 その声に、皆片手を泉につけた。そして神官長は両手を天に掲げた。


「創世の女神よ、か弱き我々にその大いなる力をお分け下さい」


 その声を合図に、泉につけた片手から魔力を流す。それらは光となって泉の底に、そして虹色の先に吸い込まれていく。かと思ったら、大きな光の塊となって、私たちの頭上に浮かび上がった。


「これがスキル授与……」


 その次の瞬間、光はバラバラになって私たちに降り注いだ。その光が体に入ってくるのを感じる。思わずまぶしくて目を瞑ってしまう。


「……ンナ、リリアンナ!」


 ラインハルトの声がする。どうやら光が飛び込んできた勢いで、私は座り込んでいたらしい。

 ハッとして辺りを見渡す私を、ラインハルトが心配そうに見ている。


「ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃっただけ」

「そうか……ならよかった」


 ラインハルトに助け起こされて立ち上がる。


「さあ、あちらの石版に行こう。スキルの名称と能力が表示されるはずだ」

「ええ」


 さあ、どんなスキルが貰えたのかしら! 私はもう行列が出来ている石版のところに向かった。列が進むと私はドキドキが止まらなくなってきた。


「……緊張してきちゃったわ。ラインハルト、先にどうぞ」

「うん、分かった」


 ラインハルトが石版に手を当てる。すると、光の文字が浮かび上がる。それは神々の文字で、本人にしか読むことはできない。


「……どうだった?」

「『金剛』というらしい。スキルを発動させると物を硬化させることができるとか」

「へぇ……鉱山王の息子らしいスキルね」

「うん、父も納得してくれるだろうな」


 さて、私の番だ。どんなのがでるだろう……と、そっと手を伸ばす。


「……えっ!?」


 そこに出てきた文字を見て、私は素っ頓狂な声を発してしまった。待って、待って……意味が分からない!


「あの……次の方に変わって下さい」


 いつまでもそこに立ち尽くしている私に、神官が申し訳なさそうに言ってくる。


「ご、ごめんなさい!」


 私は心を落ち着かせようと、神殿のすみっこに急いで移動した。


「――スキル名が『メンカラ』って何……?」


 いや、言葉の意味なら分かる。メンカラとはメンバーカラーのことだ。歌手やアイドルグループなどのメンバーそれぞれに定義づけされたイメージカラーのこと。

 だけどね、それがスキル名なのがよく分からない。そして内容はもっとひどい。


スキル:『メンカラ』

 任意の人のメンバーカラーが分かる。また任意の物体を好きな色で光らせることができる。


 なぁあああにぃいいいこれぇええええ!!!!

 推しも居ないのに推しカラーが分かってどうすんの? そんで二番目のはペンラじゃん! それってペンラじゃん! 万物をペンラにできるって、うわーい楽しいなー!


「――じゃ!! ねぇんだわ!!」


 私は混乱のあまり足をジタバタさせた。


「リ、リリアンナ……?」


 ラインハルトが遠巻きに私を見ている。あ、やべ。前世がでちゃった。


「大丈夫かい?」

「あ……実は」


 仕方なく、私はラインハルトに自分に授けられたスキルの内容を話した。


「え……」


 ほら、ヒイてるじゃん。分かりますよ。まだ私も感情を整理できない。


「それって、リリアンナの前世と関係しているのかな」

「……でしょうね」


 というか、思いっきりそうですよね。でももうちょっと役に立ちそうなスキルでも良くない? アイドルを召喚できるとか、CDを作れるとか、映像を作れるとか、せめて一瞬でかわいい衣装が作れるとか。……それがよりにもよってメンカラ。どうするのよ、これ。


「でも、石版のスキルの説明は、その能力の一端を示すものだし、それにリリアンナはスキルに頼らなくてもいい家格な訳だし」


 いつも落ち着いた話し方のラインハルトが、ものすごく早口になっている。全力で、全力で……。


「同情されている……」

「そ、そんなことないよ!」


 嘘だ、ラインハルトの目が泳いでいる。自分は『金剛』なんてちゃんとしたスキルを貰ったからって……。

 その時だった。


「ははは! 聞いたぞ、リリアンナ。訳の分からないスキルを授与されたようだな」


 む。ロイド王子、いつからそこに。人の話を立ち聞きしないで欲しい。


「とても上流貴族のスキルとは思えないな。それで王妃が務まるのか?」

「……主たる公務にスキルの能力が必要ないと思いますが」

「なんだ、その生意気な口の利き方は。お前はいつもそうだ。気に入らないぞ」


 むかー。私だってあなたのこと気に入ってませんけど!?


「……でしたら、気に入る方を王妃になさったらよろしいのでは」

「むっ! こ、この……」


 ロイド王子の顔が憤怒の色に染まる。そして大声でこう私に言い放ったのだ。


「この婚約は破棄だ! お前はどこぞに行ってしまえ! 尼寺に行け!」


 しーん、と神殿の広間が静まりかえった。

 そして痛いほどの静寂の中で、私はびっくりするほど冷静だった。


「そうですか、では婚約は破棄ということで」


 そのまま私はスタスタと神殿を出た。後ろで王子が何か言っているのが聞こえたが、知るもんですか。私にもプライドってもんがあるんだわ。

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