公爵令嬢は推しごとしたい!~転生チート『メンカラ』で異世界ヲタ活プロデュース~

高井うしお

第1話 公爵令嬢は、限界女子ドルヲタ?

「この婚約は破棄だ! お前はどこぞに行ってしまえ!」


 王子の言葉が神殿に響き、辺りは静まりかえった。そして痛いほどの静寂の中で、私は――。


***


 十歳の頃、高熱を出して生死の境を彷徨ったことがある。そして目覚めた時、私には前世の記憶が蘇っていた。

 今の私は公爵令嬢リリアンナ・シャンデルナゴール。この国の宮廷において有力な地位を持つ貴族の娘だ。金の巻き毛に青い瞳、リボンとフリルとレースに彩られたドレスに身を包む、超~超~お嬢様。今はこうして王宮の庭を優雅に散歩できるような身分――だけど、前世はそうじゃなかった。


 前世の私はもっと地味で平凡な容姿で、重度の女子ドルヲタ……つまり女性アイドル界隈のヲタクをやっていたの。元々ゲーム好きで、ヲタク気質はあったのだけど……。

 元々社畜気味の生活をしていた会社員の私がある日運命に出会ったのは、駅前の広場。それは、ゲーム仲間の友人に付き合わされて行ったライブに出ている女の子たちだった。


「みなさーん! 今日はありがとー!」


 はじける笑顔、元気いっぱいのパフォーマンスに目を奪われ、いつしか食い入るように見入っていた。まさか女の子のライブでこんなにドキドキすることがあるなんて、自分でもびっくりしたのを覚えている。

 そこからは沼。私の推し活が始まった。物販のグッズを買い漁り、握手会やライブがあれば現場に何度も向かい、ツアーがあれば新幹線や飛行機に飛び乗って日本中を駆け巡った。

 女子ドルの女ヲタ友も出来て一緒にコールしたり、女子ドル縛りカラオケに行ったり、本当に楽しかったのだ。

 そんなヲタ活にはお金がかかるから懸命に仕事もした。残業は積極的に引き受けた。……だからちょっと疲れていたのかな。

 振付を完コピするために通っていたダンススタジオで、私は転倒して頭部を強打したのだ。


「……それで多分死んじゃったのだと思う」

「そんなのってある!?」

「あるんです!」


 私の話を少し呆れた顔をして聞いているのは、幼馴染のラインハルトだ。前世の死因を聞かれたから正直に話したのに、その態度はないんじゃないの。

 とはいえ、ぱっと見気むずかしそうに見える鳶色の瞳と黒髪の彼だが、本当はとてもいいやつだ。

前世のことは家族にも秘密だけど、彼にだけは私の前世のことを話してある。きっかけは推しのアイドルグループの歌を歌っているところをラインハルトに聞かれてしまったことだった。


***


「聞いたことのない曲だ。それをどこで?」

「ええと……」


 音楽好きの彼に問い詰められて、とうとう私は前世の話をした。最初彼は信じられない、という顔をしていたけれど、私が何曲も今の王侯貴族の間では聞かないような曲を知っているのを聞いてようやく信じてくれたみたいだ。


「面白いリズムだ。旋律も変わってる。とても自由だ」

「そうかしら?」


 私からするとよくわからないのだが、古典から民謡まで幅広く嗜んでいるラインハルトからしたら、私の歌う日本のポップスは定石を覆すものに聞こえるらしい。そんな曲をラインハルトは一度聞いただけで、簡単にピアノで弾いてしまう。


「うん、いいね。気に入った」

「ねぇラインハルト。そんなに音楽の才能があるなら音楽家になればいいのに」


 ラインハルトはピアノだけじゃない。様々な管楽器や弦楽器や打楽器もできる。珍しい楽器を商人から買い付けたり、新しい曲を覚えたら楽譜に起こしたりもしている。それだけ能力も情熱もあるのにもったいないなと思うのだ。


「……音楽家なんて、貴族のなるものじゃないよ」

「そう……」


 残念なことにこの世界での音楽家の地位は高くない。貴族がわざわざなるようなものではないのだ。それにラインハルトは伯爵家の嫡男だ。リースフェルト伯爵家は家格こそ私の家より下だけど、鉱山開発を当てて国に多大な恩恵をもたらした。領地も財産も莫大なイケイケ伯爵家がラインハルトの生家なのだ。そういったものをほっぽり出して音楽に身を捧げるってのは、やっぱり難しいみたい。


「お互いに、ままならないわね……」

「うーん、リリアンナは未来の王妃様だからね」

「やめてよ」


 この世界に生まれ変わって良かったのは、食うには困らぬ裕福な生まれであったこと。それから気の合う友人がいたこと。残念なことは……私は前世の記憶を取り戻す、ずっと前の幼い頃からこの国の王子の許嫁となっていたのだ。

 それは輝かしい未来だと、将来は安泰だと人は言うけど。正直言って私には……窮屈! 淑女のなかの淑女であれと求められるし、これじゃ推しを追っかけられないじゃない。いくら実家が太くても意味ないじゃない。


「まあ、居ないんですけどね……『推し』」


 そう、この世界には未だ私の推しがいない。萌えが足りない。魂を揺さぶるあのクソデカ感情を呼び覚ますものがない。実はこれが一番残念なことだ。推しのいない人生なんて、福神漬けのないカレーライスのようなものだ。


***


 推しの居ない私の気晴らしはこの王宮の素晴らしい庭を散策することと、時折ラインハルトに愚痴を聞いて貰うことくらい。


「ところでさ、なんでリリアンナの好きな……その『アイドル』ってやつは女の子なんだい? もしかして……リリアンナは女の子が好きなの?」

「え、そんなことないけど」

「いやあの、気に障ったらごめん」


 ラインハルトはそう言って私から目を逸らした。

 そっか、ちょっと私の趣味は特に男性にはわかりにくいかもしれない。確かに男性アイドルにはまる女性の方が多いし。でも女子ドルにはまる女性だって沢山いるのだ。女が女を推す。それは決して変なことじゃない。


「ほら、女の子ってかわいいものが好きでしょ。ドレスとか、お花とか、動物とか」

「うん、そうだね」

「だったらかわいい女の子が好きでもおかしくないでしょ。その女の子が頑張ってたら応援したくなるでしょ」

「そう……なのかな」

「そうなのよ」


 だから私は女子ドルが好き。あーあ、なんで女子ドルのいない世界に転生しちゃったんだろ。


 その時だった。私とラインハルトがいた庭の近くの植え込みから凄い勢いで暴れ馬が飛び出してきた。


「どああああ!?」

「きゃあああ!?」

「これは失礼」


 びっくりして腰を抜かした私とラインハルトをあざ笑うように見下ろしているのは、王子だった。そう、王子。銀髪に紫の瞳をしたこのロイド王子が私の許嫁だ。


「ちょっと、危ないんじゃありません?」


 怒鳴りつけたいのをぐっと我慢して、私は王子に注意をした。


「いやはや、王宮の庭園でこそこそしている者がいるとは思わなかったのでな」

「こそこそ……って、あのですね、私とラインハルトは幼なじみだから、親しくお喋りしていただけですわ。もし馬が蹴り飛ばしたら大変なこと。ろくに馬を操れないのなら乗馬などやめてしまえばよろしいかと」


 あ、口が滑ってつい本音が。だって嫌みっぽいんだもん。


「ふ、ふん! リリアンナ、もう少し王妃となる自覚を持つことだな。見た目だけ着飾っても中身がそれでは失望されるぞ」


 うわ、顔真っ赤。ロイド王子は言うだけ言って馬で駆けていってしまった。


「もう、また喧嘩してしまった……」

「でも王子相手にあの態度はないと思うよ」

「ラインハルト。確かにそうなんだけど、喧嘩をふっかけてくるのは向こうよ」


 そうなのだ。ラインハルトと同じくらい付き合いは長いはずなのに、私とロイド王子は会えば喧嘩ばかり。


「いっつも私のことちゃらちゃらした馬鹿女みたいなことばっかり言って」


 今生の私の容姿は派手に見えるかもしれない。でもごく普通に振る舞っているだけなのに。だから私は余計に王妃になるのが憂鬱。四六時中、ロイド王子と居るとなったらどうなっちゃうのかな。なんでよりにもよって、許嫁と気が合わないのだろう。私は深い深いため息をついた。


 それは一旦、脇に置いて……何も憂鬱なことばかりではない。


「ね、十五歳のスキル授与の儀式、もう少しねラインハルト」

「ああ。いよいよ成人として認められるという訳だね」


 そう、スキル。この国の神殿には女神様が居て、十五歳になった男女に、その人に特別な力を授けてくれるのだ。その力の種類、強さは様々で、どんなスキルになるのか儀式の瞬間まで分からない。そのスキルを活かして、大出世をする人もいる。


「まぁ、僕たちはスキルで大きく生活は変わらないだろうし」

「そうなんだけど……」


 そうなんだけどね! 私、転生しているのよ。と、言うことは転生チートよ、転生チート!

 このスキルの女神様の話を聞いた時、あ! ここ異世界ラノベで読んだとこだ! って思ったわ。

 その異世界ラノベの主人公も「ライトノベルみたいな……」とか言ってたけど、実際その立場に立ったらやっぱり思ったわ。


(なにか、すごいチートスキルが与えられちゃったりして!)


 そう思うとなんだかわくわくしてくる。万能の治癒の力を手に入れちゃったり、広範囲に大攻撃ができちゃったり、ドラゴンを使役できたり……?

 私は胸を期待で胸いっぱいにして、儀式の日が来るのを待った。

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