第4話 ミス.ブラックと復讐の終わり

ゆうちゃんに命令して、車を走らせる。当の本人は、どこへ向かっているのか全く分からない、という様子だった。

ここでいいわと言って、ゆうちゃんに車を止めさせる。

「この子はここに置いて行きましょう。

二人っきりで...ね。 先に行っておいて。私は用を済ましてから行くわ」

ゆうちゃんは怪しむこともなく、怯えた様子でかつてのバーへと向かっていった。

(よかった。あの場所は覚えてるみたいで。)

ゆうちゃんから見えなくなったのを確認して、小娘を起こす。

「起きなさい。彼氏が呼んでるわよ」

「ん〜雄介〜。雄介はどこ?」

小娘はシートから起き上がると、眠そうにまぶたをこすった。

「ねえおばさん誰よ」

「店の従業員よ。いいからこれを飲んでしゃきっとなさい」

そう言って、用意したペットボトルを渡した。

「ありがとう」

私は、その言葉を無視して、その場所を立ち去った。街灯も月明かりもない、暗い夜だった。


しばらく経った頃、車の中に取り残された沙紀は、冷たく、そして動かなくなっていた。




私が用を済ませてバーに入った時、ゆうちゃんの姿は見えなかった。一瞬逃げたかと焦りはしたが、ただお腹を壊してトイレに入っているだけのようだった。

「マスター、コーラを二つ」

私は、5年前と同じ注文をして、ゆうちゃんを待った。店には、私たち以外客はいなかった。

「待たせた...かな、」

 

「涼子」


(涼子)

彼の声が、彼との思い出を伴って、私の中で反響した。どちらかが死ぬまで続く、そう思っていた毎日が蘇ってくるようだった。



「お待たせ、涼子!」

「全然待ってないわよ」

「そう、今回は俺が先に着いてると思ったんだけどなー」

ゆうちゃんとのデートの時は、いつも私が先について、少し遅れてゆうちゃんが謝りながら来るというのがテンプレだった。

遊園地に行ったり、花火を見たり、初めてもゆうちゃんだった。毎日が楽しかった。。楽し過ぎた。だから、突然別れを切り出された時、口では分かったと言いつつも、心では納得できなかった。


それからの毎日は、ひどく退屈なものだった。彼とのデートの時は必ず私がお金を出していたし、お小遣いもたくさんあげていたので、貯金はなく、なんとか毎日を乗り切るだけで精一杯だった。ゆうちゃんとの思い出のマンションも引き払い、オンボロアパートの五階に引っ越した。


そんな日々でも、いつかまた明るくなると信じて、生きていた。


でも、ある日の仕事帰り、徹夜が続き、会社では叱られてばかりだった日の仕事帰り、ゆうちゃんと別れて5年ほど経った日の仕事帰り、私は疲れていた。楽になりたかった。階段を登るのも億劫だった。私が住んでいたのはオンボロといえ五階...高さはあった。



高さはあった。十分に。



翌朝、目が覚めた。私の部屋だった。何が起こったのか分からなかったが、私の日々は続いていた。とりあえず顔を洗いに行こうとした時、鏡には、つばの大きな黒い帽子と、真っ黒なウエディングドレスを着た、私がいた。しかし、それがどうでもよくなる程の事実があった。


私の顔に、口以外のパーツは存在しておらず、その口には、べったりとお歯黒が塗られていた。



「なあ涼子、あの時は突然ふって悪かったと思ってるよ。涼子とは本当に楽しかった。それはほんとだよ。だけど今更なんでこんなバカみてえで脅しみてえなこと。すげえ手は込んでたけどさ」

「あなたに会えば...何かが変わる...そう思ったのよ。」

私はコーラを一思いに呷った。わたしのこの呪縛が浄化されるような気配は、今の所なかった。

「覚えてる?あなた初デートの時ここで『俺が涼子を絶対に幸せにする!』って言ってたのよ。ねえマスター」

このバーの老店主は頷くだけだった。

「そっそうだな。幸せにするーってな。ハ、ハハハ」

ゆうちゃんは身に覚えがないようだった。

ここにいたところで、何も状況は改善しそうでなかった。


「マスター、お勘定」

ゆうちゃんの分も、私が払った。



「なッなあもういいだろ。俺もお前も明日は仕事があるんだ。俺はそろそろ帰るぞ。」

店を出てすぐ、ゆうちゃんはそう言い放つと、車の方へ向かった。

「ねえあなた、最後に頼みがあるの」

「最後だな。」

正体が私だと分かったためか、さっきまでの怯えた態度とは打って変わっていた。

「私...色々試したのよ。それでも、ことは解決しなかった。仕方ないの...最後の手段なの」

そう言って、私はハンカチで口を覆いながら喋るのをやめた。

「..には もう もうこれしかないのよ」

「何をぶつぶつ言ってんだ?聞こえねえぞ」

「あなたを殺すしかないってそう言ってんのよオッ」

隠していたナイフを手にゆうちゃんに飛び掛かる。不意をついたからか、ゆうちゃんは抵抗しなかった。ゆうちゃんの上に馬乗りになり、喉元めがけてナイフを突き立てた。その、はずだった。しかし実際には、ゆうちゃんの喉をかっさいていたはずの私は、宙を舞っていた。

「何やってんだ女ァ!」



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