第3話 お姫様と復讐の続き

「それで、変な夢見て階段から転げ落ちて、そんな体になったと」

空港の雑踏の中で、半年ぶりに再開した沙紀はため息をついた。

「あんたさあ、そんな絆創膏まみれで来られても困るのはこっちなんだけど。

沙紀は社長令嬢なの。彼氏がそんなどんくさい奴なんてムリムリ」

そう言って、さっさと駐車場の方へと歩き出そうとしていた。

長旅の疲れからか、沙紀の機嫌はかなり荒れていた。まあ、ある程度予想はしていたが。

「ンなこと言わずにさー この前食べたいって言ってた焼肉の店 あれ予約してあるよ。もう疲れてるならまた今度にするけど」

「いや行く」

即答だった。



「カンパーイ!  そして留学お疲れ様ー!」

「ありがと〜」

そう言って、沙紀はビール、俺はコーラを流し込む。留学中はあまり思い切り飲めなかったのか、沙紀の飲みっぷりは凄まじかった。

ごめんね〜と言いながらも、沙紀は生をもう一本追加する。さっきの不機嫌は何処へやら、その顔は満面の笑みだった。

「向こうでは変な男に絡まれなかった?なんかイタリア人ってそういうとこありそうじゃんか」

「んーかっこいい人いっぱいいてすごいよかった。彼氏五人くらい作っちゃったかも?かもかも?」

からかわれているとわかっていても、顔が引きつってしまっているのが自分でもわかった。そんなことは気にもとめない様子で、カルビを焼いては合間にジョッキへと手を伸ばすその姿は、まさに無邪気といった感じだった。



どれだけ飲んだらこうなるのだろうか。机の上には空っぽのジョッキが所狭しと並んでおり、当の本人はいびきをかいて眠っていた。個室でなければどうなっていたことやら。

「沙紀、起きてこれ飲め」

さっき店員にもらった冷水を渡す。沙紀はそれ受け取ると、机に顎を乗せた状態でそれを飲み始めた。水が口の端から溢れて洋服が濡れるのも気に留めずに飲む様は、まるで赤子だった。

「ほら沙紀、もう出るぞ」

んーと唸る沙紀の肩を支えて、出口を目指す。酔い潰れた沙紀の財布から借りた金で会計を先に済ましておいて本当によかった。

「んーここはぁ 沙紀ヒック んー沙紀が払うからー」

そう言って財布を取り出そうとする沙紀を優しく静止して、店を出ようとした時、すだれを上げて個室から何かが出てきた。




再び首筋に悪寒が走る。

「あらあなた

一人じゃなかったのね」

ふふっと口元をハンカチで隠して笑うその様に、心底恐怖している自分がいた。夢だと自分に言い聞かせていたものが、再び自分の目の前へ現れてきた。その事実だけは、どうやっても認めざるを得なかった。


「私決めたの...あなたが変わらないから 」

そう言って、レジの前までゆったりと歩いてきた彼女は、会計を済ませようとする。その隙に、俺はでかい荷物をその場にほっぽり出して、急いで駐車場へと移動した。



焦りからか、手が震えて上手くポケットからキーを出せなかったものの、なんとか車内へと入ってロックをかけると、どっと安堵感が湧き上がってきた。エンジンをかけようとしたが、その手の震えはもうすでに止んでいた。


車を走らせて30分。夜の都市高速はかなりすいていた。彼女から逃げるように車を走らせたはいいものの、おいてきた沙紀のことを考えるとなんとも不憫だった。

(なんて言い訳すっかな)


「あなた今『なんて言い訳すっかな』なんて考えてない?」


「忘れ物よ

可愛い彼女さんじゃない。まさかまた捨てるっていうの?」

ルームミラーには、沙紀を膝に抱えた彼女がいた。彼女は車の中にもかかわらず、そのでかい帽子を目深にかぶっていた。恐怖のあまり、ハンドル操作を誤りそうになる。

「危なっかしい運転ね。昔とおんなじ」



「河岸を変えましょう。ゆうちゃん」









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