第3話 忘れてほしいと言ってくれたら

 ――翌日。

 来客があってから続きをするということはなく、アシェルは謝罪の言葉を口にして、その日は終わった。

 事情が事情だけに、私から彼女に話しかけることもなく、


「おはようございます、リーリア様」


 目を覚ますと、いつも通りのアシェルの姿があった。

 私よりも早くに目を覚まし、メイド服に身を包んだ彼女は、私の制服の準備をしてくれていたようだ。

 アシェルはここの学生ではあるが、同時に私の従者でもある――指定の制服ではなく、あえてメイドの服に身を包むのは、『アルファート家が所有している』という証でもあった。

 人を物のように扱っているように思われるかもしれないが、示しておくのはこの世界では重要なことだ。

 アルファート家は家柄としては代々王家に仕えており、その名だけでもかなり融通が利く。

 悪用しようと思えばできるだろうけど、当然そんなことはしない。

 貴族という身である以上は、私の行動一つでこの世界に大きく影響を及ぼす可能性だってあるのだから。


「おはよう、アシェル」


 彼女がいつも通りなのだから、私だって普通に接しないと変だ。

 だから、平静を装って挨拶を交わす。

 ……かなり白々しくなってしまうような気もする。

 アシェルのすごいところは、本当に感情を表に出さずにいられるところだろう。

 だから、私は言われるまで彼女の気持ちに全く気付くことができなかった。

 いや、これは私の言い訳にしかならないだろう。

 ずっと傍にいたのに、私は彼女を頼り甲斐のある人としか思っていなかったのかもしれない。

 この世界で生きていくのに、どうしたらいいかを考えてばかりで――この世界で生きている彼女のことをろくに見ようとはしなかった。

 私が知っているゲームの知識が多少通じるとはいえ、それは私の知っている範囲に過ぎないことを、私はもっと理解しておかなければならない。

 そんな反省をしたところで、私にはこれからどうしたらいいかは分かっていないのだけれど。

 正直に言ってしまえば、告白された経験はない。

 前世まで含めても、いまいち思い出せないというのが正しいか。

 記憶はかなり断片的になりつつあり、ゲームに関わりのないところは知識も関係ない。

 いっそ、アシェルが「昨日のことは忘れてください」と言ってくれたら――なんて考えるのは最低だ、やめよう。

 従者が主に告白するなんて、それこそ一体どれほどの勇気を振り絞ったのか、という話だ。


「……昨日のことですが」


 そう考えた矢先、不意にアシェルが口を開いた。

 彼女は私の後ろに立って髪を整えてくれているところで、思わず姿勢を正してしまう。

 私は返事をすることも忘れて、黙ってアシェルの言葉の続きを待った。

 これでは、間違いなく意識しているのがバレバレだ。

 でも、もしもアシェルに「忘れてほしい」と言われたら――果たして、私はどうするべきなのだろうか。

 本当に言葉通りに忘れていいはずもなく、忘れられるはずもなく。


「私は本気です」

「……え?」

「リーリア様がはっきりと拒絶されない限りは、私は諦めませんから」


 ――全然、違った。

 淡々とした口調で話しているが、彼女はその気でいる。

『はっきりと拒絶』なんて、私にはできるはずもなく、それを彼女が承知で言っているのだとしたら、随分とずるい言い方をしている。

 私はそんな彼女の本気の言葉にすら、どう受け答えしていいか分からず、ただ視線を泳がせるばかりだった。

 視線の先にあった鏡に、ちょうどアシェルの姿が見えた。

 彼女はわずかにいたずらっぽい笑みを浮かべて、私のことを見ていて――その表情に思わず胸が高鳴った。こんな表情もできるのか、と。

 アシェルを拒絶できないのであれば、私にはもう受け入れるという選択しか残されていない。

 ただ、それはつまり――今までずっと避けてきたはずのことを受け入れることにもなるのだ。

 昨日は途中で中断されることになったが……百合エロゲ的な展開が、たぶん待っていることになる。

 

 

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