003 美女しかいない楽園①

「魔王の姫……? いってっ!」

「お体は傷だらけです。無理をしてはいけませんわ」


 昨日まる一日戦っていたからな。

 骨は折れていないが打撲、擦り傷が数え切れないほどある。激戦だったからな……朝もそして夜も。

 金のかかった広い一室に大きなベッドが置かれて、俺のその上で眠っていたようだ。

 木塗りの床に豪華な調度品の数々、高級ホテルの一室だろうか。


「魔王は……あの男は死んだのか」


 ファナディーヤと名乗る美女は頷いた。


「ええ。あの夜、確実に命を落としましたわ」

「それで魔王の姫だっけ? つまり家族のかたきを取るってか。でもあのまま気を失わせて猛獣のエサにした方がちょうどよかったんじゃないか」

「ふふ……そのようなことはいたしませんわ」


 ファナディーヤは微笑む。

 そのあまりに魅力的な笑みに思わず息を飲んだ。

 この女、今までの人生で出会った中でもとびっきりの美女だ。

 こんなに顔の造形が整った女を見たことがない。

 長く艶っぽい髪につり目で賢そうな振る舞い。上等な生地なドレスを着ており、しまりきらない胸元からはこぼれそうなほどの果実が強調している。

 もの凄く良い女だった。


(クロ、俺が寝ている間のことを教えろ)

『マスターが気を失った後、魔王に駆け寄ったのはこの女です』


 やはり……最後に聞こえた声はファナディーヤのものだったのか。


(愛しの家族の死だ。大層悲しんだんろうな……。あの時は命からがらだったが今は)

『いえ、ファナディーヤは1ミリも涙を見せませんでしたよ。マスターのお側にいたので全ての光景を見ていたわけではありませんが、魔王に対しても事務的に葬っていました。マスターを介抱し、女人達を従えてこの部屋まで連れていき寝かせたのです』

(どういうことだ? まぁいい聞けばいい話だ)


「ファナディーヤ、あんたが俺を助けてくれたのか」

「はい、その通りでございます。旅の方々、宜しければお名前を教えて頂けませんか」


「あ、ああ……。俺の名はゼオス。ゼオス・フェルデレスだ」

「もう一方おられますでしょう? ペンダントの中におられる方も」

「なっ!」


 クロの存在を知っている? 俺はファナディーヤを怪しげに見た。


「ゼオス様がそのペンダントを見られたと同時にペンダントからわずかに光るのが見えました。まるで意思疎通しているように感じます」

「驚いた……」


 俺はクロをファナディーヤに見せた。


「こいつはクロックス。俺の相棒、詳しくは割愛する。クロ喋ってくれ」

『宜しくお願いします』

「まぁ!」


 ファナディーヤが一気に近づいてきた。


「凄いですわ! どういう原理でどうやって! ただのペンダントにしか見えないのに!」

「ちょ、近い」


 とんでもない綺麗な顔が間近に迫り、慌ててしまう。

 甘い香りと豊満な体を揺らしてクロに手を触れた。


(本当に美人だ。年は俺より少し下くらいか。どうだろう)

『肌や顔つきから想定して17ほどだと思います』


(うん、良い年頃だ。しかしデカイ。どれくらいあるんだ)

『そのゲスな質問に答える必要はありますか』

(すまん、冗談だ)


「ファナディーヤ離れてくれ」

「はっ! も、申し訳ございません」


 俺の声に気づき、ファナディーヤはばっと恥ずかしそうに離れてしまった。


「もう……わたくしったら!」


 理知的な見た目だが茶目っ気のある性格なんだろうか。知的好奇心が旺盛なのかもしれない。さっきからじっとクロに視線を寄せている。


「もしかしてクロに興味があるのか」

「ええ、こう見えてわたくしは賢者姫けんじゃひめと呼ばれておりますの。自分の知らないことに興味深々なのですわ」


自称なのか別なのか分からないがクロの存在を見分けられたのは単純にすごい。


「ゼオス様が何者でどこから現れて、どのようにして魔王を葬ったのか。わたくし、すごく気になります」

「魔科学師」

「えっ」


「何者かって問いなら魔科学師だ」

「聞いたことのないジョブですわ。魔道士とは違うのでしょう」


 俺の世界で魔法を使える軍人は皆、魔科学師と呼ばれた。

 科学が進化し、いつしか魔法となった世界。既存のあらゆる兵器を過去にした極めて強力な技術。それが魔科学師の使う魔法だ。

 ここの世界にも魔法があるっぽいが体系が異なりそうだな。

 逆に魔道士ってのは聞いたことがない。


「ゼオス様の下着も見たことがない素材で作られておりました。そしてクロッカス様以外に身につけているものが何も見られません。ゼオス様のお持ち物はどこへ隠されているのでしょう」


 この女かなり知恵がまわるな。俺の履いている下着は俺の世界で広く愛用されているもので対環境性に優れたものだ。

 こんな文明も大したことのない世界では到底作ることができないような素材で作られている。

 そして俺の持ち物。例えば貴重品などはクロが異空間魔法で格納している。

 手を翳せばすぐにでも出せるがこの女の前で出す意味はない。


 あの魔王といい、この女といいこの世界の人間はやべぇやつが多いのか。


『事前の調べではそのような結果は出ませんでしたが』

(まぁいい。余計な会話は避けるか)」


「いろいろ聞きたいことがある。が!」


 そこで俺の腹がぎゅるると鳴り響く。


「腹が減りすぎて何も考えられん。なんか食わせてくれないか」

「あらあら。まる一日近く眠られておりましたからね。お任せくださいませ」


 通りで胃の中が空っぽなわけだ。昨日もまる一日戦っていたからな。

 ファナディーヤはぱんぱんと手を叩いた。

 3度の手拍子、合図にも見える。


『2人が何かを持って近づいてくるようです』


 傷は深いが魔力は3割程度まで回復している。

 何かあってもくぐり抜けるはずだ。横開きの扉が開き、クロの言うとおり二人の人間が部屋へ入ってくる。


「おおっ! ヒュゥ~」


 思わず目を見開いて声が出て、口笛を吹いてしまうほどだった。

 料理が乗せられた膳を二人の女の子がそれぞれ手に持って運んできたのだが、目を見開いてしまったのはその女の子二人ともがとんでもなく美しかったんだ。

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