002 魔王との対峙

 長い黒髪に仰々しい口ひげ。頬に傷があり、体から発せられる気はただものじゃない雰囲気にさせられる。

 男は真っ黒な甲冑を着ており、手には巨大な錫杖が握られていた。

 誰がどう見たって堅気の人間ではない。


「ただの一般人ですが……そちらは何をされてるんですかねぇ」

「戦の前に馬を走らせておったのじゃよ。このあたりは夜風が良い」


 確かにこのあたりの風は冷たく綺麗で気持ちがいい。

 自然という感じがする。俺が育った所のような人工物が溢れている場所とはわけが違う。


「うぬは……儂が分かるか?」


 男は甲冑に右肩部分にある紋章を見せびらかせてくる。

 今さっきこの世界に来たばかりだ。この世界のことが分かるはずもない。

 素直に弱者を振る舞っておくか。


「いやぁ……実は自分が何者かも分からなくて、記憶喪失なのかもしれません」


「それは大変だな」


「ええ。なので、もし宜しければ一晩だけでもいいので助けて頂けませんか」


「その必要はない」

「へ?」

「不審者は死ね」


 男は刃の入った錫杖を突然振り下ろしていた。

 その突然の攻撃に俺は完全に虚をつかれた。

 俺だけならそのまま首をはねられていただろう。だけど……俺にはクロがいる。


『ガードアーマー展開』


 魔力によって作成された防護服が俺の体を纏う。見た目は黒衣のローブだが、あらゆる攻撃や自然環境から守るバリアのような存在だ

 ガードアーマーの見た目は魔科学師それぞれで違う。このあたりは話せば長くなるので省略。

 顔は空いているがアーマー自体は全身展開されており、顔の防護は視認できない。


「ぬっ」


 ガードアーマーに錫杖を弾かれ、男は表情を険しくする。

 そして俺も……一番強く衝撃を受けたアーマーの部位がわずかに傷がついたことに驚く。


(おいおい、いくら手負いとはいえ、SSS級魔科学師の俺のガードアーマーに傷つけるなんて最低でもS級のクラスじゃないと無理だぞ)

『この男、危険度がかなり大きいかもしれません』


 クロの言葉は思念波のため俺にしか聞こえない。俺もまた思念波を使い、クロと心の中で情報を共有していく。


「やはりただ者ではなかったようだな。この儂の目はごまかせんぞ」

「ちっ」


 男は馬から降りて、両手で錫杖を掴んだ。

 体中から魔力を放ち始める。


(なんだこのプレッシャー。ありえねぇ。なんなんだよコイツ)


「美女であれば手に入れたが男ならば不要。我が覇道の障害となるなら死ね」

「なんなんだ、おまえは!」

「儂の名はバルドゥーン。この世で魔王と呼ばれ、大陸統一を目指す男よ」


 魔王!? 誇張なのかもしれんが、この魔力とプレッシャーは信じるに値するレベルだ。

 なんで俺はせっかく逃げられた先でこんな化け物と出会うことになるんだよ。

 普通はもっと和やかな流れになるだろ! 最初に会った奴が魔王なんてありえるか!


「ハァァァァァァァァア!」


 魔王を名乗る男が一気に近づき、真っ直ぐに錫杖を振るう。

 先ほどよりも強い攻撃、ガードアーマーを抜かれるかもしれない。俺は手から魔力シールドを出現させてその攻撃を受け止めた。


「むぅ、奇怪な技を!」

「ぐっ!」


 この圧力、半端ない。

 せめて魔力が万全だったら良かったのに……。シールドにひびが入り、破られそうになり、俺はさらに魔力を込めた。


『マスター、残像魔力がわずかになります!』

(ここをくぐり抜けなきゃ何にもならねぇだろ)

「この儂の攻撃を防ぐ奴がまだいたとなは……。ならば本気を出そう」

「なっ!」


 魔王が強い魔力を解放した。魔王の錫杖が魔力の塊で変形し、禍々しい杖へと変わった。

 さらに魔王の全身に紋が浮かび上がり、大地が強く震える。

 その殺気に思わず震え上がってしまう。あらゆる敵を葬ってきた俺が恐怖している?

 1000人もの魔科学師に命狙われるほどの強者である俺がたった一人の魔王を恐れている?


 こいつは……ここで殺さなきゃ駄目だ!

 俺の力を知られる前にやらなければならない。


(クロ、フルドライブを使う)

『マスター、ですが』


(俺の直感が言っている。ここでこの男を倒さねば……後悔する!)

『了解しました』


「リミッター解除。【クロッカス】フルドライブッ!」


 胸に吊るしたペンダント。それがクロの通常形態だ。

 しかし高機能多目的戦術兵装武器であるグロースツールは魔力を込めると変形し武装となる。

 俺の武装は剣や砲が一体となった複合式機械武器バスターブレイパーだ。


「面白い武器じゃっ! じゃが、儂の禁術を防げると思うなっ!」


 魔王は禍々しい杖を空へ掲げた。


「死を満ちし断罪の!」


 魔王の詠唱に危険を感じ、残る魔力を全て注ぎ込み、魔王に向かってクロッカスを向ける。

 魔王は何か唱えており、その余波がバリアのようになっていたが構わず魔王の武器である禍々しい杖に狙いを定めた。


「はぁっ!」


 クロッカスの砲身から魔力の刀身が出て、光輝く魔法の刃となる。

 その光の刃を振り翳し、禍々しい杖を両断してやった。

 魔王の表情が一変する。


「バカなっ! それだけの魔力を無詠唱で出すだと!?」

「ハッ! 何だか知らねぇが隙だらけなんだよ!」


 魔王は自分の武器がこうも簡単に斬られるとは思っていなかったのか表情の変化とわずかな隙を生んだ。

 俺はそのまま魔王の胸にクロッカスの刃を突き刺す。極太の刃は堅い甲冑もバターのようにすっぱりと裂くことができた。

 魔王の全ての内臓を狙った一突き。人間であればまず助からない範囲での一撃だ。


「がはっっ!」


 魔王は強く吐血し膝をつく。距離を取るため魔王を蹴り飛ばし、魔王は仰向けで倒れた。

 先手必勝で決着がついたようだ。


「はぁ……はぁ……。まともやりあったらどうなっただろうな。だが……そんな隙を逃す俺じゃない」

「あのような魔法があるとは……ごほっ」


 直感だが、この魔王の格は俺を上回っているように思えた。だから長期戦は不利、俺も追放される前の戦いで相当弱っている状態だったのもある。

 しかしどんなに格上でもあんなわかりやすい隙があれば魔王を上回ることができる。


 こっちは最新型の先進世界の高性能武器グロースツールだ。あんなチンタラ詠唱なんてしてたら勝てる戦いも勝てなくなる。

 あの魔王の魔法を受けたらどうなってたか分からんが……素直に待つ余裕もない。


 魔王には致命傷を与えた。助かる見込みはほぼない。

 ここで殺さなければ多分、次、俺はやられていたかもしれない。

 次に会った時は今回のように上手く行かない予感があったんだ。だから……フルドライブを使ってでも倒さなければならなかった。


「我が望みの覇道が……まさかこのような所途絶えるとは」

「はぁ……げほっ」


 魔力を使い切ってしまった。追放される前に受けた傷も開いたし、体力も限界だ。


「不運か。無念なり」

「不運なのは俺だっつーの! 飛ばされた時でこんな化け物と戦わなきゃいけないんだ」


 そのまま魔王の目に光がなくなり、力尽きてしまった。

 そして俺もまた地面に這いつくばる。やばい……向こうにはまだ魔王の兵がいるってのに……。魔力切れは気絶に等しい。失敗したなぁ。


 だが魔王の部下らしき兵は逃げるように走り去ってしまった。

 自分の主人がやられて危機だと思ったのか。

 助かったかと思ったが1人だけが逃げず馬に乗って近づいて来る。


「魔王様!」


 女の声の兵が魔王に近づき介抱をする。倒れた魔王に何度も声をかけていた。


 想定では残り魔力を3%くらい残るはずだったんだが魔王に圧力にびびって全部出し切ってしまった。

 あっちがクロみたいなのを持ってったら確実に負けてたんだろうなと思う。


 俺もまた力尽きて倒れ込んでしまう。おそらくはこのまま仇討ちをされてしまうのだろう。

 ああ、やっぱり俺の人生……いいことなかったよ。



 ◇◇◇


 次に意識を取り戻した時、ふかふかのふとんに包まれる感触がした。

 暖かくて安らかで意識を手放せばまだ眠れるじゃないかって思うくらいだ。

 全身傷だらけのためまだ体は痛むが、疲労と魔力は寝たことによりかなり回復したようだ。


 ……もしや俺は生きてる?

 慌てて起き上がり、まわりを見る。


「あら、起きられましたか」


 側には本を片手に椅子に座る、年頃の女の子がいた。

 長い黒髪と恐ろしいほど顔の整ったとんでもない美女がそこにはいた。


「……君は」

「わたくしの名はファナディーヤ。魔王の姫ものですわ」

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