わたあめ

 今日こそは必ずあの扉を開ける。


 そう決意して起床する。ここ最近のルーティーンだ。適当に用意した朝食をとりながら斧を研ぐ。かなりの期間この家から出ていなかったせいで食料が底をつきつつある。こんなことは都市に来てから初めてだった。都市には物がたくさんある。なにもかもが村とは大違いだった。みんなが都市は危険だといって私を止めたがこれなら反対を押し切って正解だった。そのうえあの扉だ。この家は今まで見てきた中で一番大きな家だが、その中でも最も厳重なあの扉。何かが隠されているに違いない。そう思い返しているといてもたってもいられなくなって、斧が研ぎ終わり次第朝食もそこそこに扉へと向かった。


 その扉は廊下の突き当りに位置している。廊下といえども幅は広く、ただ部屋同士を仲介しているから廊下と呼称している。その扉はほかの扉と比べて簡素で、周りの装飾もほかの扉と同じく奇妙ではあるがひかえめだ。扉の上には都市の所々で見かけた紋様が施されており、右には丸いでっぱりが二つあるだけだ。そして何よりこの扉を異質なものにしているのは威圧感であった。触れると伝わってくる冷たさ、鈍い輝きを放つ質感、重厚感のある表面に私のつけたもの以外にも存在するたくさんの傷。まるで歴戦の猛者を彷彿とさせるいでたちであった。おそらく私の他にも挑んだ者がいたのだろう。彼らは敗北した。しかし私は勝つ。今日こそ、この扉に。右手の斧を固く握り直し、大きく振り上げた。


 数時間はたったであろうか。あと数撃というところまできた。やはりこの扉は堅く、すぐに斧が刃こぼれしてしまう。そのたびに研いでは扉の先の未知に考えを巡らしていた。この家には物が大量にある。食料や服はもちろんのこと、何に使うのかすらわからないものまでたくさんある。そんな家の堅牢な扉の先に期待せずにはいられなかった。そしてあと一撃で希望が実現する時が来た。手汗をぬぐい、斧をとる。これでとどめだ。


バキッ


小気味良い音に確かな感覚、斧が扉を貫通したのだ。これであとは切り取った板を蹴飛ばしでもすれば扉に穴が開く。小さな穴だが自分一人通るには十分な穴だ。達成感が体をこみ上げる。もう少しこの感覚に浸っていようとも思ったが、それよりも私は未知に急かされるように扉に穴をあけることを選んだ。早速扉を蹴り上げる。


都市は危険だ。


その瞬間村長の言葉が私の脳内にフラッシュバックした。なぜこんなにも食料が潤沢な都市に人っ子一人いないのか、その都市が厳重に管理するものとはいったい何なのか、この扉の傷は誰がつけたのか、嫌な予感がする。しかしもう遅い。振り出した足は止まらない。


ガコン


静寂の中、板が落ちる音がする。”何か”が起きないか少し待ってみたが、ただ沈黙が返ってくるのみであった。固唾をのむ。恐る恐る中をのぞくが、真っ暗で何も見えない。逡巡の後、ままよ!と中へ踏み入った。


そこには...奇妙な装飾の他何もなかった。


そこはエレベーターであった。

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わたあめ @wataame46

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