第13話

『大丈夫?』

「……ああ」


 ロストとの会話が終わった後、俺は寮へと戻った。


 いつものこの時間は筋トレをしているが、今はそんな気が起きなかった。


『か、過去の亡霊なんていくらでもいるよ。例えさっきのイケメンだとしても、きっと相手は今好きだって言う』

「俺の幼馴染だ」

『……』


 そう、右の預言書は俺の味方じゃないが、俺の敵でもない。


 ただ淡々と事実だけを述べる。


 そして世界の滅亡は右側のページに書かれていた。


 つまりそれは


「過去の亡霊って奴とあいつらが恋人にでもなれば、世界は救われるんだろうな」


 預言書は詳細を伝えない。


 だから俺が勘違いしている可能性だってある。


 だけど


「過去の亡霊ってのがロストなら、俺はなんか諦めきれる気がするんだ」

『……』


 あいつらを大切に思ってる。


 でもそれを恋愛感情と呼ぶのかは分からない。


 ただ大切で、俺よりも凄いけど守ってやらなくちゃって思えて、そんで幸せになって欲しいと心から願える。


「本当に世界が滅びるのかは知らんが、わざわざ預言書がチャンスをくれたんだ。棒に振ることは出来ねぇよ」

『でも……本当にそれでいいの?』

「……ああ。いいんだそれで」


 別にあいつらに恋人ができたくらいで俺らの友情が無くなるわけじゃない。


 今までよりも会う機会は減るだろうし、今までよりも少し遠い存在にはなるだろう。


 それでも変わらない。


 大切な思い出が無かったことになるわけじゃない。


 だから……


「よし!!」


 俺は立ち上がる。


「筋トレすっぞ!!」


 俺はいつも通り体を鍛える。


 そうだ、何も変わらない。


 ただ俺は陰ながら英雄になるのだ。


 過去の亡霊を突き止め、そんであいつらとくっ付ける。


 そして世界は俺の手によって救われるのだ。


「カッコいいじゃねーか」


 俺は決意を胸に抱き、必殺技の名前を考えながら目を閉じる。


 悩みも吹っ切れていい感じに疲労も溜まり、今夜は熟睡できそうだな。





 そして、リンの寝息がリズムよく流れた頃


「ふーん」


 部屋に忍び込む一つの影。


 それは預言書を手に取り、中身を覗き込む。


「……なるほど」


 そしてそれは文字を書き込む。


『あ、あなたまさか!!』

「しー、今はまだダーメ」


 ペンで文字を消す。


「いつかこのノートが完成することを願っているよ、少年」


 ◇◆◇◆


「おい貴様。昨日勝手にいなくなるとはどういった用件だ」

「いやー道端に迷ってるお婆ちゃんを送って、段ボールに入ってる猫に傘をさして曲がり角で美少女とぶつかってたら授業に間に合いませんでした」

「そうか。ならしょうがない」


 そして俺は重たい一撃を頭で受け止める。


 イテテと頭を押さえていると、メインはどこか優しげな声で


「なんだ、迷いは晴れたのか?」

「……えぇ、まだ答えは見つかっていませんが、方向性は見えてきたと思います」

「そうか」


 メインは珍しく俺の頭ではなく肩を叩く。


「頑張れよ」

「……うっす」


 俺は頭を下げ、いつも通り授業を受ける。


 今から始まるのは魔法の授業だ。


「知っての通り、魔法にはそれぞれ属性が存在する。火、水、風、土の四つだ」


 メインは授業の際はしっかりと教師をしていて、内容も分かりやすい。


 そういえばロストが昔メインに育てられた的なこと言ってたけど、メインが教師になった理由に関わっているのだろうか?


 まぁいい、今は授業に集中しよう。


「人によって得意な属性はまばらだ。例えば私は水や風は得意だが、対して火や土の魔法はあまり得意ではない」


 得意ではない=弱いなんてことはないんだろうなきっと。


 オーラから強者の風格が漂ってるもん。


「大前提として自身と相手の得意な属性を見極めろ。それが貴様らの強力な武器となり、そして相手の強力な一撃となる。より相手の強みを見つけ、自身の強みを押し付けられるかが勝負の分かれ目だ」


 俺の強みは火魔法だ。


 時間を使えば中級魔法を使えるが、実践ではせいぜい相手に火傷を負わす程度の初級魔法しか使えない。


 しかも属性は自分の身に纏えば、相殺しダメージを軽減出来る。


 一度レイに向かって魔法を撃っても


『……服すら燃えてねぇ〜』

『変態』


 という結果になった。


 じゃあ相手の属性が分かれば簡単かと言われたら、全然そんなことない。


 火魔法を使ってる間は自分の体が火属性に包まれ、そのタイミングで相手に攻撃されたら他の属性に切り替えることに時間が掛かる。


 だから相手の得意属性を見極め、反射的に自分の体に同じ属性を纏うことが大事になってくるのだ。


 他にも魔法は色々と奥深いことが多いのだが、その話はまた今度にしよう。


 それより今は


「はいお母さん」

「殺すぞ」

「全ての属性を混ぜた攻撃をした人は今までいましたか?」

「……まぁ可能な人間は今まで多く存在した。私もしようと思えば出来る」


 やっぱできるんだ……。


「だが、それを戦いの場で行うには時間も、集中力も、能力も全てが足りない。あくまでロマンというイメージを今までの人類は抱いてきた」


 まるでそれが過去のように話す。


「歴史上存在したかどうかは不明だ。一応使える技ではあるからな。それを戦いの場で使用出来る人間は……私の知ってる限り一人だな。お前もよく知ってるだろ?」

「……はい」

「そして人類以外で言うのなら、魔物の中にもいくつか存在する。全ての属性を纏い、全ての魔法を使う魔物が今まで三度目撃されたが、物理的な面で弱くそこまで脅威では無かったと記録されている」


 ここで魔物か。


『ちなみに魔物って何ぞ?と思った人には申し訳ないけど、魔物についてはもう少し先に出てくるから待っててね』

「おい預言書、その伏せ字の場所なんて書いてるんだ?」

『メタ読み?』

「なんじゃそりゃ」


 結局のところ、やはり人類には全属性攻撃は速いということが分かった。


 授業で今まで曖昧に覚えていた概念や、歴史も踏まえた授業により俺の魔法の知識は今までより増えた。


 増えたら増えたで、今俺がしようとしていたことがどれだけ無謀だったのかが分かる。


 そして


「それに挑戦しようとしているあいつは……きっと」


 本物……なんだろうな。


 じゃあこのまま俺は引き下がるしかない……とは


「ならないよなぁ」


 悪いが俺の辞書に諦める、空気を読む、常識を知るという言葉は存在しないのだ。


「なぁハルト」

「ん?何?……ま、まさかまた抜け出す気じゃないよね?」

「いやいや、今回は違うって」


 俺は大きく深呼吸をする。


 地味に初めての経験で少し緊張するが、ここは勇気を振り絞って


「ほ、放課後買い物行かね?」


 顔を赤らめながら尋ねた。


 あの時の化け物を見るようなハルトの顔を、俺は今後一生忘れないだろうと思えた。


 ◇◆◇◆


「それで?急にどうしたの?」


 俺とハルトは前回と違ってちゃんと外出の許可を取り、外の街を練り歩く。


「いや、ちょっとばかし散財しようと思ってるんだが、俺王都なんて初めてだから案内してもらおうと思ってな」

「僕も詳しいわけじゃないけど、少なくとも有名どころは知ってるはずだよ」

「それなら十分だ」


 なんてったって今回買うのは有名所じゃないと扱わないしなだしな。


「目的地は?」

「武器屋だ。それなりの場所で頼む」

「武器?リンさんの持ってる物、結構新品に見えるけど?」

「そりゃ学園に行く前に父さんと母さんが買ってくれたものだしな」

「えぇ!?な、なのに武器を買うの?」

「……それは着いてからのお楽しみってやつだな」


 こうして不審がられながらも、道案内してくれたハルト。


「僕は最後まで使うべきだと思うけどな」

「分かったって」


 その間に物、特に誰かから貰った物は大切にすべきと説教を受け続けた。


 だけど俺もこの剣を使い続けたい。


 だからこそ


「いらっしゃいませ」


 俺は武器屋へと足を運ぶ。


 まるで武器の博物館のように様々な種類の装備が展示されている。


 だけど俺が今回求めている物は少し毛色が違う。


「すみません、オーダーメイドを頼みたいのですが」

「申し訳ございません。オーダーメイドには只今二ヶ月前からのご予約がないと受け付けておらず」

「これでもか?」


 俺はスッととある物を出す。


「こ、これは!!」


 店員は俺の出したそれを見て驚愕を露わにする。


 そう、そこには


「ブ、ブラックカード……」

「……」

「……失礼致しました、こちらへどうぞ」


 俺は店員さんに奥の方へと案内される。


「リンさん、それって何?」

「ああ、これはだな」


 これは……


「なんだろうな、これ」

「えぇ……」

「学園に行くって決めた時に友達から貰ったものなんだが」




『あ、リン君。これを使うと王都でのお買い物に便利ですよ』

『何これ?』

『オーダーメイドのお洋服とかをお願いする時、これを出すと真っ先に仕立ててくれるんです』

『へぇ〜、フリーパスみたいなもんか。でもこれ高いんじゃないのか?』

『大丈夫です。むしろ余ってるので』




 と言われて渡されたカード。


 まさかこんな高そうな店でも通用するとは思っていなかったな。


「で、でもお金はどうするの?リンさんがお金持ちって場合も期待していいの?」

「いや、残念ながら俺は金がない」


 そもそもド田舎出身の俺に金があるはずがない。


 もし俺があの村で5年働いたとしても、ここ店に飾ってある武器すら買えないだろう。


 しかも今からするのはオーダーメイド。


 更に多くの金額が請求される。


「それって大丈夫なの?」

「いざとなったら土下座だな」

「どうしよう、着いて来たこと凄く後悔してる」


 こうして俺とハルトは案内された部屋の前に立つ。


「どうぞお入り下さい」

「……行くぞ」

「う、うん」


 そして俺とハルトは扉を開けた。


「待っていたよ、リン君、ハルト君」


 柔和に微笑むその仕草に、俺は何度も似た姿を重ねる。


「実家のようにくつろいで構わないからね」


 野生の金髪イケオジが現れた。

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