第11話

「さて、日課でもするか」


 早朝5時、俺はいつも通り走り込みを始める。


 これは俺が転生した頃から続けているものだ。


 最初は努力チートでもあるんじゃないかとワクワクしながら始めたが、8歳にもなった時にはさすがにそんなものないと気付いた。


 それでも習慣の力か、はたまた夢のためかは不確かだが、いつしか俺にとって早朝の走り込みは日常となっていた。


「あ……いや」


 始めた理由に、一番それっぽいものが浮かび上がった。


「おはよーさん」

「おはよ」


 シエルが横に並ぶ。


 ある日俺が走っている姿を見かけたシエルは、その次の日から一緒に日課をするようになった。


 彼女の足なら俺なんて置いて行った方が効率がいいと思うが、こうして足並み揃えて楽しそうにお喋りしだす。


 俺のこと大好きじゃん的なことを言うと怒られてしまうが、こうして毎日接していれば流石に分かる。


 この時間は俺にとっても、シエルにとっても密かな楽しみになっていると。


「ねむー」

「なんだ、夜更かしでもしたのか?」


 普段は決して人前では見せないフニャけた顔をするシエル。


 正直めちゃくちゃ可愛いが、それを言うと弄られる上に負けた気がするので絶対に口にはしない。


「そんなとこ。昨日は三人での乙女の花園で話が盛り上がっちゃってね」

「そこ、薔薇しか咲いてないように見えるが?」

「綺麗でしょ?」


 軽口を叩き合いながら、足は徐々に加速して行く。


 体がポカポカし始め、気分が高揚してくる。


「この前気付いたんだが、どうやら俺は他の人間より体力があるらしい」

「それはそうでしょ。5歳から走り続けてる人なんてリン以外聞いたことないし」

「俺の横にもう一人いるけどな」


 俺の揚げ足取りに不機嫌な顔をするシエル。


「それで?体力があるからなんなの?」

「おいおい、まさか戦闘の天才さんでも追い付けない発想に俺は至ったというのか」

「ウザいから速く言って」


 怒られた。


「つまりだ。俺の戦術は、敵を翻弄しながら体力を削り取るトリックスタータイプだったってわけだ」

「ふーん」

「なんだその反応は」

「別にー。いいんじゃないと思っただけ」

「そ、そうか?」


 普段ならダメ出しを多くするシエルが珍しく誉めた。


 もしかして本当によかったのか?


「だけど、本当にそれでいいの?」

「……どういう意味だよ」

「別にー」

「今日のお前のそれなんなんだマジで」


 シエルはギリギリ俺が追いつけない速度で走り出す。


「ちょ、おい。どこ行くんだ〜」

「少し一人で考えさせようとする私の親切心分からないかな〜」

「分かるかアホんだら!!」


 そう言って目にも止まらぬスピードで姿を消したシエル。


 本当に才能の差を感じるな。


「強くなるんだ。いいか悪いかで言ったら」


 ……


「良いに決まってんだろ」


 ◇◆◇◆


「おい貴様。この私の授業を前に考え事とはいい度胸じゃないか」

「ぎゃああああああああああああああああ痛い痛い痛いぃいいいいいいいいいいいいいいい」


 メインにこめかみをグリグリと削られる。


 てか力強くない!?


 俺このまま禿げちゃうんじゃないの!?


「ハ、ハルト。俺の髪大丈夫?まだ若者でいられてる?」

「う、うん、大丈夫だと思うよ……多分」

「……ぴえん」


 俺は大粒の涙を零した。


「キモいな」


 だが相手には効果がないようだ。


「それで?何か心配事か」

「いえ、そういうわけでは……」


 授業の後、メインに事情を聞かれた。


「まさかと思うが、緊張しているのか?」

「……そうかもです。でも理事長に話してスッキリしました!!問題ないので俺はそろそろーー」

「殺すぞ」


 なんでこの人簡単に殺そうとするの?


 どっかのギャング出身なのあなた?


「私相手に隠し事とはいい度胸だ。いちいちお前の口から話させてやろうという私の親切心が分からんのか?」


 メインは何かを見せる。


「え!!こ、これ!!てか写真!!なんで!!」


 そこには朝シエルと走る俺の姿が写った写真。


 何故それがあるのかも不思議だが、それ以上に


「こ、こんな技術聞いたこともありませんよ……」

「そうなのか?てっきり私は……いや、今はこれのことはどうでもいい」


 いやどうでも良くないでしょ。


 確かにこの世界は色々と変なところは沢山あるけど、近代の技術は見たことも聞いたこともない。


 一体いつ文明開化が起きたんだ?


「さて、これを見て分かる通りお前達の会話は一部聞かせてもらっている」

「……」

「ちなみにこの後偵察していた者は謎の銀髪美少女にボコボコにされた報告も受けた」

「一体どこの幼馴染なんでしょうね」


 俺は観念して口を割る。


「本当に大したことじゃないんですよ。今まで強くなる為に手段は選んできませんでした。勿論犯罪以外ですよ?」

「分かってるそれくらい」

「これまで俺が強くなる様子にあいつらは文句は言っても、いつも応援はしてくれていました」


 そう、いつだってそうだった。


 シエルには何度も才能が無いと言われるし、レイには効率が悪いと言われるし、アリスは……なんかヨシヨシされるし。


 だけど何だかんだでいつも


『カッコいいじゃん』


「……俺は強くありたいです。例え今は泥水を啜っても、いつかみんなを守れるくらい、誇れるくらい強くありたい」

「いい心掛けだな」

「ですが何でしょう。今強くなれる道は確かに正解なはずなのに」


 何かが違う。


 そう思っている自分がいる。


「でも頭ではこの道が合ってるって……うーん、なんて言いますか」

「まぁいい、大体分かった」


 メインはあっさりと俺の悩みに答えを出した。


「カッコ悪いんじゃないか?」

「か、カッコ悪い?」


 何言ってんだこの人?


「確かにそのスタイルは貴様に合っている。泥臭く戦う姿はピッタリだろうよ」

「ど、ども」


 何気に褒められるの珍しい気がする。


 なんかちょっと嬉しい……のか?


「だが、貴様の目標はなんだ?」

「何って、そりゃ強く」

「違うな。その時点で間違って……いや、分からなくなっているのか」

「何の話してます?」

「目的と手段を見失っている。それだけだ」

「???」


 メインはため息を吐いた。


「自覚するまでは暫くそっとしておいてやる。だがいつかそれに向き合う時、後悔しない選択をしろ」

「は、はぁ、ご忠告どうも」


 そう言ってメインは教室から出て行った。


「また怒られたの?」

「おいハルト。あたかも俺が問題児みたいに言うんじゃない。問題なのは理事長の頭だ」

「多分リンさんはこれからも叱られ続けるんだろうね」


 ハルトは苦笑いをしながら次の授業の準備を始めた。


 俺も席に座り、先程の言葉を思い出す。


「カッコ悪い……か」


 そうだな。


 ハッキリと分からないけど、なんかしっくりくる。


 そうだ、カッコ悪いんだ。


 強くなる為には手段を選ばないと決めた。


 だけど、俺が求める英雄像とは違う。


 シエルのように圧倒的で、レイのように誰にも予想出来ず、アリスのように絶対な力。


 そんなもの俺は一つも持っていないし、今後手に入れられるとは思えない。


 だけど


「……せめて、あいつらを……あの三人の誰も持っていない何かが欲しい」


 俺の体力は常人よりも多いことが分かった。


 それは確かな武器であり、今後俺を支える支柱となるだろう。


 だけどそれは、あくまでシエルの劣化でしかないのではないか?


 きっとシエルにこのことを伝えたなら


『リンは魔法が使えるから』


 そう言ってくれるだろう。


 でも違う。


 俺が求めてるのはそんな答えじゃない。


 俺が欲しいのは


『やっぱり凄いね、リンは』


「ど、どうしたのリンさん。急に立ち上がって」

「悪いハルト」


 俺は一冊のノートを手に取り


「ちょっと早退するって言っといてくれ」

「えぇ!!」


 そして俺は走り出す。


「なぁ予言書。やっぱり英雄目指すなら大事なものが一つあると思わないか?」


 ページが捲れる。


『必殺技を手に入れる』


 俺はニヤリと笑う。


「見つけてやるぜ。俺の……俺だけの力を!!」

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