第7話

「なぁ、お前調子乗ってんじゃねーか?」

「な、何のこと」


 ハルトは自身よりも二回り程大きな男と共に、外にいた。


「俺たちって親友だよな?」

「……」

「なあ!?」

「そ、そうだね」


 男は満足そうに笑顔になる。


 反対にハルトの顔は徐々に曇る。


「なのになんだ、あの男?俺よりも優先して一緒にいるのはどういうことだ?」

「と、友達だから。一緒にいるだけだよ……」

「……まぁいい。お前が誰とつるもうが関係ないが、俺との付き合いを忘れてもらっちゃ困るな」

「……」

「丁度いい。俺らの友情を思い出してもらおうか」


 男はニヤけ面で手を前に出す。


「俺飯食うお金忘れちゃってさ、悪いけど貸してくんねぇかな?」

「古典的過ぎでしょ」

「あ?今なんて言った!?」

「え!!ぼ、僕何も言ってないよ!!」

「あぁ!?今言っただろ。こ」

「古典的過ぎだろ。もしかして漫画から飛び出た方ですか?」

「エルさん!!」


 謎の決めポーズをしながら二人に近付くエル。


「……オメェか。俺のダチを好きに使ってんのは」

「はいブーメラン乙。もしかして自分を客観視出来ない人?お前はもう少し鏡を見た方がいい。そしたらその醜悪な見た目と中身が治るかもだぜ?」

「な!!テ、テメェ!!」


 男が殴りかかってくる。


 だが遅い。


 毎日のようにシエルにボコボコにされている俺にとって、こいつの攻撃は蚊が飛んでいるくらいのスピードだ。


 バシッ


「チッ」

「それで終わりか?(あっぶねーギリ間に合った〜)」

「今すぐお前を魔法でぶっ飛ばしたいところだが、魔法を許可無しで使えば一発で退学らしいからな」


 男はクラス章を見せてくる。


「明日の授業は模擬戦らしい。もちろん予定は空いてるだろ?」

「しょうがねぇな。モテモテな俺の対戦相手という栄誉をぶら下げて無様に謝る姿を拝ませてもらうぜ」

「吐いてろ」


 大男は去る。


「あ、ありがとうリンさん」

「なんでついて行った。困ったら俺を頼れよ」

「巻き込みたくなくて……」

「結局巻き込まれに行くんだから同じだろ」


 俺はハルトの手を引く。


「あいつ同じクラスだったのか」

「多分理事長先生がいるから大人しくしてたんだと思う」

「逆に言えば、監視の目が無くなればあれか」


 ムカつくな。


「ハルトもやり返したらよかったのに。同じCクラスだろ?」

「む、無理だよ。僕は学力で通ったようなもので、あいつはバカだから事前の試験で武力だけで合格したんだ。敵いっこないよ」


 地味にディスってるの気付いてるのかな?


「ま、いいや。とりあえず俺にドンと任せとけ」


 明日の模擬戦で俺があいつをボコボコにすれば、ハルトに構うことはもうないだろ。


 いやー明日になったらあの傲慢野郎が負ける姿を大衆に見せびらかせるなんて


「クックック、明日が楽しみだなぁ」


 ◇◆◇◆


『英雄殺しに敗北する』


 朝目が覚めると、予言書にはそう書かれていた。


「……え?俺負けるの?」


 今のところ予言書が予想を外したことはない。


「いやいや、あの男が英雄殺しなんてカッコいい名前を付けられる筈ないからな」


 これはきっと別の人間のことだな。


『ちょっとどうするの!!あんなモブみたいなのに負けるとか本気!!』


 俺マジで負けるの?


「嘘だろ。俺そんなことなったら部屋に引きこもっちゃうよ?」


 どうしよう。


 あんだけ啖呵切って負けるとか普通に死ねるが?


『……漆黒の魔女にアドバイス貰うとかどうかな?』


 どうかなじゃねーよ。


「おい予言書!!未来見えるくせになんで自信無さげなんだよ!!」


『だ、だってしょうがないでしょ!!私だって頑張ってるの!!文句言わないでよ!!』


 マジで生きてるみたいだなこいつ。


 とりあえず


「却下だ。将来英雄になる俺が、こんな障害を超えるのにレイの力を借りるなんて有り得ない」


 なんて言ったら、どうせ否定されるんだろーな。


 お前は英雄になれない。


 英雄になるのは彼女達みたいな存在だって。


『そ、そうだねごめん。あ、このままだと今日の文字制限が来るから暫く黙るね』


「お、おう」


 それ以降予言書に何かが書かれることは無かったが


「何も解決してねぇ」


 結局俺が負ける未来は確定なのだろうか。


 今回の件をメインに報告すれば表面状は解決されるだろう。


 だがあいつは魔法での退学を恐れたり、教室では暴れない当たりかなり陰湿なタイプだ。


 処罰されないギリギリで、ハルトや負けた俺への嫌がらせを続けるのだろう。


「腹立つな」


 そんなことされたら堂々とやり返すつもりだが、あんな雑魚そうな奴に負けたら俺のメンタルはボロボロだ。


 多分アリスに一日中ヨシヨシされたら回復するだろうが、そんなことされたら俺は人としての尊厳が無くなってしまう。


 つまるところ


「勝てば問題なし」


 預言書の未来は絶対だ?


 ふざけんな、そんなもん信じるか。


 未来は自分の手で掴み取るもんだ。


「待ってろ三下。死んでもぶっ倒してやる」


 ◇◆◇◆


 そして次の日


「私は数字を見て満足出来るような人間じゃなくてな。悪いが今日は模擬戦をしてもらう」


 事前に模擬戦をするとは言われていたが、内容が思ったよりも体育会系だった。


「そんなわけで、事前に戦う相手は決まってる奴は名乗り出ろ。気分が良ければ戦わせてやる」

「「あいつとやる」」


 俺と男は同時に立ち上がる。


「なんだ、仲良しさんか?」

「違う」

「世界線が違った運命の相手だ」

「はぁ!?お前何言って」

「そうか。ならお前らで戦わせよう」


 予想通りセッティングされた。


「……」

「あなたとはどこかで会ったことがある気がするわ!!」

「キモ!!お前気持ち悪ぃな!!」

「そりゃどうみ。そんな気持ち悪い相手に負けたお前はさぞかし恥をかくんだろうな」

「んな!!」


 クックック、怒ってる怒ってる。


 人を煽る時ってなんでこんなに楽しいんだろ(クズ)


「他にいるか?いないなら私が勝手に決めるからな」


 そんなわけで模擬戦の相手が決まった。


「名前はモウンって言うんだな。モブっぽい名前だ」

「あ?あんま調子乗んなよ雑魚野郎。直ぐに粉微塵にしてやるよ」


 俺とモウンの間に火花が散る。


「リンさん、本当に大丈夫なの?」


 隣からハルトが話しかけてくる。


 勿論俺が勝つに決まってるだろ!!


 と言ってやりたいが


「……」

「リンさん?」


 予言書が引っかかる。


「勝てるだろうか……」

「え?」


 俺の言葉にハルトは動揺する。


「き、昨日まであんなに勝つ気満々だったのに、どうしたの?」

「……いや、勝てるはずだ。はずなんだが」


 何故だろう。


 時間が経つごとに、予言書の内容が間違いないと確信してしまっている自分がいる。


 俺は本当にこのままーー


「リンさん!!」


 ハルトの大きな声が響く。


 皆の視線がこちらに注がれる。


「ど、どうしたハルト急に大声だして」

「変わろうか?」

「……は?」


 ハルトは真剣な眼差しで


「怖いなら、変わろうか?」

「何……言ってんだ。そもそもこの戦いはお前のーー」

「そう、僕の戦いだ。本当なら僕が戦うべきなんだ。でも、僕は弱い人間だからリンさんに頼ってしまった」


 ハルトは拳を深く握る。


「でも、僕のせいで友達が傷つくくらいなら、僕は自分が傷つくことなんて痛くない」

「ハルトお前……」


 小さな英雄。


 予言書にはそう書かれていた。


 普段の弱々しいイメージはなく、今のハルトには力強さが溢れていた。


「確かに今のハルトなら」


 そう思ってしまう程、ハルトの輝きを俺は感じ取った。


 だからこそ


「邪魔だ英雄」


 その道は俺のものだ。


 お前に譲ってやるものか。


 あいつらに追いつくのは


「俺だ」


 不安はない。


 俺にはもう、迷う時間など存在しない。


「いくぞ、未来なんて俺の手で変えてやる」


 予言書がひとりでにページを捲る。


 そして新たな言葉が刻まれた。

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