第5話

「悪い、先に寮に戻っておいてくれ」

「うん、じゃあまたね」

「おう」


 俺は寮に行く前に教室に戻る。


 忘れ物に気付いたのだ。


「危ない危ない。初日から宿題忘れたとか理事長にバレたら雷もんだ」


 俺は教室に入り、自身の机に置いてある教材を手に取る。


「ん?」


 するとその下にはもう一つの何か。


「こんなのもらったか?」


 一冊のノート。


「これはまさか!!デスーーー!!」


 俺は震える手でページを捲る。


「あれ?」


 だがすぐに違うと分かった。


 既に中身が文字で埋め尽くされている。


「なんて書いてあるんだ?これ」


 文字が分からないというわけではなく、文字が見えない。


 まるでモヤがかかっているような、蜃気楼を見ているような感覚だ。


 ちなみに俺は蜃気楼なんて見たことない。


「ん?だが微かに読める場所もあるな」


 ペラペラとページを捲れば、文字が見える場所がいくつか目に入る。


 そして最後の方にはかなり多くの文字が見えた


「なになに、『この世で唯一の漆黒の髪を持ちし魔女は、怒りと狂乱により、世界を滅ぼすであろう』か。……なんだこれ?」


 悪戯か?


 厨二病にしては中々のやり手だ。


 巷で黒の執行者(笑)と呼ばれた俺といい勝負を張れるだろう。


 でなければおかしいだろ


「唯一の黒髪なんて」


 一人思い浮かぶ。


 昔と違い高飛車で、賢く、それでいて美しい。


 でもやっぱり優しいところと、不安になると遂甘えてしまうところは変わってない。


 そんなよく知る彼女が世界を滅ぼすだって?


「ありえないね」


 断言できる。


 俺の命も誰かの魂だって賭けれる。


「あ、分かったぞ!!」


 きっとレイを見かけた奴がその美貌に惹かれてこういう怪文書を書いたんだな。


 分かるぞー


 好きな子に意地悪したくなっちゃう気持ちはよーく分かる。


 だが度を超えたらダメだぜ厨二少年。


「グヒヒ、しょうがないから俺も一緒に罪を被ってやる」


 ラブレター(仮)を覗き見る。


「『金色の髪を持つ聖女は、美しく、優しく、そして純粋であるが故に世界に絶望し、深く暗い光で世界を包むであろう』……ん?」


 おかしいな


「金髪?まさかこれって」


 俺は確かめるように次のページを開く。


「『真白の髪を持つ戦乙女、己の殻に閉じこもり、やがて世界は武器と一つになるであろう』」


 やはりそうか。


「これは三人について書かれた本か」


 いや、確かにあの三人は容姿含め魅力的なのは認めよう。


 だがさすがに同時に三人はやりすぎじゃないか?あんちゃん。


「それにしても物騒なものしかないな。しかも抽象的過ぎてよく分からん」


 それ以降ページを捲るが相変わらず読めないものばかり。


「もしや三人をモデルにした小説でも書こうとしたのか?……どちらにせよ悪いイメージを勝手に定着させるのは少しいかんな」


 俺はノートを回収する。


 俺の机にあったんだ、プレゼントとして受け取ろう。


 回収しに来たのならしっかりとその面を拝ませてもらわないとな。


 俺はなんとなーく最初のページをもう一度見た。


 すると


「ん?」


 右のページは相変わらず見えない。


 だが


「左の方が見えるようになってる?」


 どんな細工だ?


 謎のライトを当てたら文字が見えるみたいなやつかな?


「それになんだこれ。『もうすぐ雨が降るよー』って、日記かよマジで」


 そして俺はこのノートの恐ろしさを知り始める。


「ん?」


 ポツ


「あ?」


 ポツ ポツ


「やっべ!!雨だ!!」


 ゲリラ豪雨だ。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 全力ダッシュで近くにあった大木の下で雨宿りする。


「うへぇ、最悪だな。女の子のびしょ濡れは需要しかないが、男の場合は誰も得しないって」


 完全なる主観論を唱えながら雨を見つめる。


「雨か。なんか久しぶりに見たな」


 雨は当たるには嫌いだが、見るのは好きだ。


 どこかいつもと違った景色。


 地面を打つ水の音はどこか心が安らぐ。


「……そうだ。雨、最近降らなかったんだよ」


 俺はノートを開いた。


 別に信じたわけじゃない。


 でも気になったのだ。


 そして


「また……新しく見える」


 さっきまで見えなかった場所がまた見えてる。


『大きな雷が落ちるから、びっくりしないように気をつけてね』


 同時に光る。


 眩い光が俺の目を差し、音が俺の耳に聞こえた時には


「近……かったな」


 雷が落ちる。


 轟音が辺りを震わした。


 俺が雷苦手だったら、今頃腰を抜かしていたかもしれない。


「本物なのか?」


 俺の問いに答えるように


『そうだね』


 目の前でノートは俺の返事を返すように文字が見えた。


「は、はは、マジかよ」


 こうして俺は預言書を拾った。


 ずっと求めていた特別な力を手に入れた俺。


 だが素直に喜ぶことは出来なかった。


『雨は暫く止まないけど大丈夫。あなたが助けたものは、いつかあなたに返ってくるから』

「何やってるの全く」

「シエル」


 水溜りの上を歩きながらシエルがこちらに向かってくる。


 手には傘が握られていた。


「どうしてここに?」

「偶々雨を避ける遊びしてたら、男子寮の前で傘持って外に出ようとしてる男の子がいてね。理由を聞いたらあんたの友達って言うじゃない」

「ああ。今日友達になったんだ」

「……ま、いいけど」


 何故か傘を閉じ、木の下に入ってくるシエル。


「雨は嫌い」

「どうしてだ?」

「なんだか嫌な気持ちになるから」

「なんだそれ。雨を避けて遊んでたくせに」

「それは特訓だからいいの」


 雨を避ける特訓って意味あるのか?


 そんなことを考えていたらなんとなく傲慢な発想が出てきた。


 そんなことありえないのに。


「帰らないのか?」

「せっかく迎えに来たのに何それ」

「いやでも傘一本しかないじゃん。まさか傘を渡してお前は雨を避けて帰るのか?」

「それこそまさか」


 シエルは傘を開く。


「やっぱり雨は嫌い」

「んだよそれ」


 俺はシエルの横に立つ。


 肩が触れる。


 これなら雨には濡れない。


「こうして理由を作っちゃうから」


 シエルは小さく、本当に小さくそう言った。


『止まない雨はない。でも、止まない涙はあるんだよ。だから未来を変えないと』


 文字は流れる。


 まるで物語のように流れ続ける。


 だがこの物語に終わりは非ず。


 この物語に書き手はおらず。


 記すは一人の男の人生。


 始まりが唐突であれば終わりもまた刹那である。


 ならば見届けよう。


 世界が滅びる前に。




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