第5話 劇伴作曲家
「お二人さん!コーヒーが入りましたよ」美夜子が声をかけると追いかけるように「モヒくんコーヒー!」志音が真人くんの手を引いてリビングへ案内した。
リビングのテーブルにはコーヒーとデザートや果物が置かれている。
真人くんは何度も瞬きしてリビングとテーブルを見渡している。
「どうしたのモヒくん」志音が不思議そうに聞く。
「なんか、テレビでしか見たことのないような部屋の中なんで…………ドアを開けたら近くに俺の家があるなんて思えないんです」さらに瞬きした。
「ドアを開けたら東京都内かもよ」私は笑った。
「とーたんのジョークは面白くない!」志音が口を尖らせる。
真人君は少し困ったような表情だ。
「あの〜…………一樹さんはどんな仕事をしてるんですか?」真人君が少し不安そうに聞いてくる。
「一応これでも作曲家なんだよ、でも歌手が歌うような曲を作るんじゃなくて、コマーシャルや映像用の音楽を作ってるんだ、劇伴作曲家って言われてるけどね」
「映画の音楽を作る作曲家さんなんですか?」真人君は驚いて顔を硬らせた。
「まあそんな仕事もあるけど、ビデオやDVDとかに音楽を作ったりとか地味な仕事が多いよ、名前も殆ど出ないしね」
「いや、全然地味な仕事じゃ無いと思います、すごい仕事だと思います」真人君は真剣に私を見ている。
「そう?そう言ってくれると嬉しいなあ」私は口角を上げた。
「俺、プロで音楽をやってる人に初めて会いました」
「そんな大したもんじゃ無いよ」私は笑った。
「そうだよモヒくん、とーたんは大したことないよ」志音も笑った。
それからひとしきり音楽の話をすると真人くんは帰って行った。
「モヒカンくんがお隣さんだったなんてビックリね」美夜子はシャワーから出てくると髪をタオルで拭いている。
「そうだね、一時はどうなるかと思ったけど、真人くんは良い子だなあ」私は冷めたコーヒーを啜った。
志音はソファーの上でクッションを抱いて寝息を立てている。
「今日は志音が一度も咳き込まなかったわ、やっぱり空気がいいと喘息も出ないのかしら」
「そうだなあ、これで志音の喘息が治ってくれたらここに来た意味もあるんだが……………」
「ピー………ピー………」野鳥の声が夜に響く。
2人でテラスに出てみた、満天の星空が見える。
「あなた、お疲れ様」
「美夜子、こんな山里の暮らしは大丈夫かい?」
「私はあなたと志音が健康で居てくれたらそれで幸せよ」
「新しい家はどうだい?」
「図面と写真でしか見てなかったから不安もあったけど、とっても素敵よ」
「気に入らなかったらどうしようと思ってハラハラしてたよ」
美夜子は志音がいつ喘息の発作を起こすかわからないので、見にくることができなかったのだ。
「大丈夫よ信頼してるから」
「ありがとう、感謝してるよ」
「私もよ」
2人は軽くキスをして部屋へ戻った。
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