因習村観光地化計画

 二月二十九日の午後六時、豪雨ごううの神戸・三宮さんのみやへ、高校時代からの友人・まかろにちゃんと、チーズ料理を食べに行った。当初は、ぐつぐつと煮立ったチーズをかけたボロネーゼを食べる予定だったけれど、食パンの中身をくり抜いてお皿にしたチーズフォンデュに浮気をした。配膳はいぜんされたチーズフォンデュには、一本の花火が刺さっていて、照明をムーディーにしぼった店内で、パチパチとまばゆく光っていた。

 メニューにはっていなかったサプライズが、各テーブルで星屑ほしくずのようにぜては消えていく空間で、店内のすみっこのテーブル席に着いた私たちは、オシャレごはんに舌鼓したつづみを打ちながら――因習村いんしゅうむらの話をしていた。

 まかろにちゃんは、私が小説を書いていることを知っている。まかろにちゃんに限らず、高校時代の友人・知人の大半が、私が小説を書いていることを知っている。ほぼ漫画研究部まんがけんきゅうぶと化していた文芸部に所属していた私は、後輩が入部するまで、ただ一人の小説書きとして活動していたこともあり、いささか目立ち過ぎてしまった(昨年のKACでつづったショートエッセイ『Q.あなたが文芸部に入部した理由は?』(https://kakuyomu.jp/works/16817330653866244789)参照)。

 高校時代の友人たちも、何らかの創作を現在も楽しんでいるメンバーが多く、自作小説の話をとてもしやすい。この日、チーズの海にエビを沈ませた私は、「今ね、長編で因習村ホラミスを書いていて、もうすぐ新たな犠牲者ぎせいしゃが出るんだけどねぇ」と、まかろにちゃんに話していた。物騒ぶっそうな話題にも程がある。

 ミステリーもので死体を発見する際に、どのような手段を用いて密室の扉をぶち破るか、という話もした。本当に、物騒な話題にも程があるが、そこで「自作のホラミスでは、村の所有物を使ったよ」と言ったことから、まかろにちゃんに「村の人たちは、どうやって生計を立てているの? 村には、どんな観光資源があるの?」と訊かれたので、私はさらさらと説明した。

「昔は漁業ぎょぎょうだったけど、現在はにない手がいなくて狩猟しゅりょうが大半だよ。観光資源と呼べるものはないけど、ハナカイドウのお花がたくさん咲きほこる、綺麗な村だよ!」

「……それだけ?」

「あとは、断崖絶壁だんがいぜっぺき鳥居とりいがあって綺麗だねぇ。海辺の村だから、景色がいいよ!」

「食は? 名物になるような料理はっ?」

「ないねぇ。……あっ。一応あるけど……たぶん食べないほうがいいよ……?」

 まかろにちゃんは、見るからに「さびれてるやん」と言いたげな顔をした。そして、実際に「寂れてる!」と声に出して、気合が入った様子で続けた。

「そんな状態じゃ、廃村はいそんになっちゃうよ! 村の人たちは、もっと人を呼び込む工夫をしないと!」

 かくして――連載中の因習村ホラミス長編『憑坐よりましさまのおおせのままに』(https://kakuyomu.jp/works/16817330662631889848)の舞台である寒村かんそん櫛湊村くしみなとむらが、なぜ寂れているのか、どうすれば外部の者が村にお金を落としてくれるのか、まかろにちゃんがプレゼンしてくれた内容が、あまりにも素晴らしかったので、ここに記しておこうと思う。まかろにちゃんに「プレゼン内容をエッセイに書いてもいい?」と訊ねたところ、二つ返事で快諾かいだくしてくれた。ありがとう、心の友よ!

「因習村といえば、いわくありげな双子ふたごと、不気味な幼女ようじょと、古くからのしきたりと儀式だよね」

 まかろにちゃんは、私の小説を読んでいないのに、「不気味な幼女」以外の作中の要素を、次々と見事に言い当てた。学生時代から読書家だったまかろにちゃんは、因習村を題材にした物語を、今までにたくさん読んできたのだろう。豊かな知識に裏打うらうちされた言葉で、まかろにちゃんはまず「その村には、観光地としての強みがないよ!」と指摘した。

「村人の高齢化が進んでいて、観光資源も名物料理もないなら、唯一のアピールポイントである景観を売りにしたらいいと思う」

「景色の良さをアピールしても、集客につながるかな? 隣町まで徒歩二時間かかるような僻地へきちなんだけど……」

「集客に繋げるために、漫画やアニメのコスプレOKの場所にしよう! 花と海が綺麗な場所なら、きっと『え』をねらえるよ!」

 ――コスプレ! その四文字という落雷らくらいが、私に与えた衝撃は大きかった。いわくありげな双子がいて、古くからのしきたりと儀式が存在している因習村で……二次元のキャラクターのコスプレをする……!

「そうだ、有名なVTuberに仕事を依頼しよう! 最高のロケーションでコスプレを楽しめる場所だよーって宣伝してもらおうね!」

「ぶ、ぶいちゅーばー……!」

「あとは、コスプレ用に、着替えの場所を確保しないとね」

「あっ、それなら大丈夫だよ!」

 圧倒されていた私は、意気揚々いきようようと答えた。若者が少なく、名物料理がない村でも、寝泊まりできる場所ならば、しっかりと作中にえがいている。

「村の人たちは、外来者がいらいしゃの皆さんのために、ちゃんと宿泊施設を用意して……」

「アッまりは結構です! 大丈夫ですッ!」

 速攻そっこう拒絶きょぜつされた。さすが、因習村に関して造詣ぞうけいが深いまかろにちゃん。宿泊のリスクを熟知じゅくちしている。物語の登場人物が、彼女のようなタイプなら、まわしい因習が根付ねづいた村に迷い込むことはないだろう。

 それはすなわち、物語が始まらないことを意味する。知識を持つこと、あるいは持たないことが、物語の世界にとって何らかのトリガーとなることを、改めて教えてくれた夜だった。

 最後に、私は「怖い話を書いてるけど、殺戮さつりくを楽しんでいるわけじゃないよ?」という気持ちを、まかろにちゃんに打ち明けた。

「物語の進行上、たくさんの人がお亡くなりになるけど、私はうちの子をみんな愛してるから、退場者が出るたびに、とてもつらい気持ちになるね……」

 ただし、それはそれとして――創作者として、別の考えも持っている。

「ミステリものにおける死体発見シーンは、重要な見せ場であるわけで。書いていてとっても楽しくて、テンションが上がる、という気持ちも、悲しみと同時に存在できるんだよね」

 話を聞いてくれたまかろにちゃんは、チーズを満たした食パンという土手どてを、ナイフとフォークで切りくずしながら、したり顔で言った。

「そうだよね。私は、因習村のことを『因習村』っていう名前のアトラクションだと思ってるよ。遊園地のお化け屋敷とか、絶叫系ぜっきょうけいの乗り物的な」

「それは、私もそう思う」

 私の友人は、やはり因習村に関して造詣ぞうけいが深いなと、改めてつくづく思った。

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