因習村誕生秘話

 私のパソコンには、学生時代から書き溜めてきた小説のデータが蓄積ちくせきされている。

 どんなに未熟みじゅくな出来のものでも、なるべく削除せずに残してきた理由は、読み返せばキラリと光る表現と出会えるからだ。砂金さきんのようなきらめきが、たとえ数多あまた石礫いしつぶてというおのれ稚拙ちせつさにまっていても、数年に一度くらいの頻度ひんどで、発掘はっくつ作業にいそしんでしまう。ただし、掘り出し物を見つけて心が踊ることもあれば、精神に甚大じんだいなダメージを負うこともままあるので、匙加減さじかげんあやまれば悲劇ひげきが起こる。

 そんなのデータの一つに、『廃校はいこう(仮)』という小説がある。タイトルを決められず、作中の要素をとりあえず書き出したのがバレバレな作品は、十年以上前の私が、誰にも見せずに書き進めて、十万字ほど積み上げたところで、執筆しっぴつを断念した物語だ。

 記憶を手繰たぐって、内容を簡単に説明すると……「海辺の小さな村で暮らす少女・美月みづきが、村へ遊びにきた都会の少年・凛汰りんたと交流を深めながら、通っている中学校が廃校になるまでの短い期間を過ごしていく、オムニバス形式のジュブナイル小説」だ。廃校予定の学校には、双子の男女の下級生や、神社の息子であるイケメンの上級生も在籍ざいせきしていて、みんなで笑ったり、泣いたり、喧嘩けんかしたり、恋をしたりしながら、甘酸っぱい青春を謳歌おうかしている。

 ――この作品を、私が書き上げられなかった最大の理由は、書けば書くほど『どうにもしっくり来ない』という違和感がふくれ上がっていったからだ。

『廃校(仮)』のラストは、切なくも柔らかい、温もりを感じるものにしよう。あの頃の私は、そう願ったはずだった。

 しかし、物語終盤しゅうばんのプロットを、脳内で組み立ててみると――なぜか村が燃えていて、巫女装束みこしょうぞくまとった美月が泣いていた。

 ……あれぇ、おかしいな? このお話は、殺伐さつばつとしたジャンルの物語ではないのだけれど。気を取り直した私は、脳内プロットの軌道きどう修正を試みたが、いくら妄想もうそうを繰り返しても、村は何度でも炎上えんじょうして、やはり美月は泣いている。……あれぇ、おかしいな。このお話は、殺伐としたジャンルの物語では、ない……はず……。

 いや、違う。本当に「おかしい」のは、この妄想に沿っていない、今までの平和なジュブナイル展開のほうでは……?

 その気づきは、まさしく青天の霹靂へきれきだった。違和感が晴れた私は、水を得た魚のように、正規せいきルートと見做みなした脳内プロットに基づいて、物語を分解し始めた。

 真っ先に行ったことは、主人公の交代だった。妄想の中で、美月のポジションはヒロインだった。主役のうつわを持つ強者つわものなら、美月のそばに一人いる。次に、「神社の息子であるイケメン上級生」は、新たな展開では役目がないことがわかったので、物語の世界から追放ついほうした。我ながら非情ひじょうだと思うけれど、彼にとっては幸運なことだと信じている。なぜなら、これから治安ちあんが悪化していく寒村かんそんから、部外者として安全に退場できるのだから。さよなら、イケメンのパイセン。異世界私の別作品に転生して、幸せになりな……!

 こうして、物語を再構築した結果――「美月」「凛汰」「中学生」「海辺の寒村」「双子のきょうだい」「廃校の教師」「喫煙者きつえんしゃ」「神社」「巫女」というキーワードだけを残して、他は全てバッサリと容赦ようしゃなく捨て去って、一から書き始めたものが、2023年12月からカクヨムで連載を開始した、因習村いんしゅうむらホラミス長編『憑坐よりましさまのおおせのままに』(https://kakuyomu.jp/works/16817330662631889848)である。

 ジュブナイル小説の原型は、消滅しょうめつした。というよりも、全くの別作品が新たに爆誕ばくたんしたわけだけれど、最初の十万字という遠回りがなければ、生まれていなかった物語であることは間違いない。きっと私は、学生時代から書き溜めてきた小説の中で、唯一『廃校(仮)』だけは、一生読み返すことができないと覚悟している。

 でも、それでいいと思っている。美月と凛汰にとって、最良の展開を追究するために、取捨選択という犠牲ぎせいを払ったことだけは、これからも絶対に忘れない。……そんなことを書きながら、イケメンのパイセンの名前だけは、全く思い出せなくて、ちょっと申し訳ないのだけれど、どうか薄情者はくじょうものの作者を許してほしい。

 最後に、ネタバレというほどのものではないので記載すると、現在第2章を連載中の『憑坐よりましさまのおおせのままに』では、すでに村(の一部)が燃えていて、美月は何度か泣いている。因習が渦巻うずまく地獄と化した寒村で、主人公の座を掴み取った凛汰が、生き残りをかけて戦う姿を、しっかりと最後まで、楽しく書き上げたいと思う。

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