イチハツの由来

菖蒲あやめ」が花を指すことを知っている方々は多いけれど、「一初いちはつ」もまたアヤメ科の花であることを知る人は、私の周囲にはあまりいなかった。かく言う私自身も、イチハツの花を知ったのは、大人になってからだった。

 私は、元々は名字を持たないただの「ゆずこ」で、自分の小説の登場人物には、じっくりと考え抜いた名前をあたえるのに、自分のペンネームを決めることは苦手だった。「ゆずこ」という名前は、リアルのニックネーム「柚子胡椒ゆずこしょう」が由来ゆらいだ。私を柚子胡椒ゆずこしょうというピリピリしたあだ名で呼ぶ友人は、たった一人しかいなかったにもかかわらず、どうして柚子胡椒をもじってペンネームにしようと思ったのか、当時の思考が理解できない。ともあれ、その頃から名字も考えたかったものの、前述の理由で全く思いつかず、ただの「ゆずこ」で数年を過ごした。

 転機てんきが訪れたのは、X(旧Twitter)で「各々おのおのの作品のイメージカラーを、フォロワーさん同士で教え合う」ことが流行はやったときだ。私の作品のイメージカラーは、現代ファンタジー・サイコホラー群像劇ぐんぞうげき『コトダマアソビ』(https://kakuyomu.jp/works/1177354054891269535)の連載期間だったからか、数名のフォロワーさんから「薄紫うすむらさき色」だと教えてもらえた。昼の世界が終わり、夜の世界が始まる直前の空色そらいろを、物語から連想れんそうしていただけたことがうれしかった。

『コトダマアソビ』では、作中でさまざまな花をあつかったので、そのとき「薄紫色の花の名前を、名字にしてはどうか」と思いついた。すると、X(旧Twitter)のフォロワーさんの一人から「一初いちはつはどうか」と提案があった。

いち」と「はつ」。水平にはら横一文字よこいちもんじと、かたないた文字の組み合わせは、何者も寄せつけない鋭さと、何事にもるがない力強さを感じさせた。そんな印象は、イチハツの花を調べることで、よりいっそう強まった。くきを天に向けて真っ直ぐ伸ばして、薄紫色の花を優美ゆうびに拡げたたたずまいが、あまりにもりんとしていたから、私は気後きおくれしてしまった。提案してくださったフォロワーさんにお礼を伝えて、しばらくのあいだ考え込んだ。

 でも、このときにはすでに、出逢であった「一初いちはつ」を超えるほどに、自分の名字に欲しいと思える花の名はないことを、直感的にさとっていた。

 今はまだ、名前負けしてしまうかもしれない。けれど、いつか自分の身体の一部みたいに、しっくりくる日が訪れるかもしれない。そんな「いつか」を目指すために、必要な行動を取ろうと決めて、フォロワーさんに「先日の一初いちはつを、名字にいただこうと思います」と伝えたところ、とても喜んでいただけたから、なりたい自分になるための道を、ちゃんと正しく歩けた気がして、胸がじんわりと温まった。

 私がただの「ゆずこ」から「一初いちはつゆずこ」になってから、もう何年目になるだろう。気後きおくれしなくなったのは、昔よりも心に筋肉がついたからだけでなく、成長のあかしだと信じたい。一生の付き合いになる名前と、これからも共に歩んでいこうと思う。

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