アメリと甘いアボカド

 新卒の図書館司書として働いていた時期の昼休みに、アボカドはどのようにして食べるのが一番好きか、という話題になった。

 サラダに入れても美味おいしいし、ハンバーガーの具に入っていたら最高で、友人と行ったアボカド専門の居酒屋で食べた天ぷらも、さくさくの食感が楽しかった。大きな種を包丁でくり抜いたあとのくぼみに、卵黄らんおうを落としてチーズでふたをして、オーブンで焼き上げるグラタン風も素晴らしい。塩を少し振って味を引き締めて、仕上げに黒胡椒くろこしょうもミルでくとなお良い。けれど、やっぱり一番は、アボカドをシンプルに薄切りにして、お刺身さしみのようにわさび醤油でいただく形をしていきたい。

 さまざまなアボカド料理ががる中で、上司の一人が言った食べ方が、私を含めたスタッフたちを驚かせた。

「砂糖をまぶして、牛乳に入れて食べる」

 コーンフレークやグラノーラを、甘い牛乳で食べるなら馴染なじみがある。シリアルではなく、アボカドを入れる食べ方は初耳はつみみで、味の想像がつかなかった。

 というわけで、休日の夏の朝に、さっそく実践じっせんしてみた。

 アボカドをサイコロ状にカットして、今からでも推しの食べ方・わさび醬油を選びたい気持ちと、未知みちの味への好奇心を天秤てんびんにかけて、清水きよみずの舞台から飛び降りるような気持ちで、三温糖さんおんとうをまぶした。もうあとには引けなくなった。甘いころもまとったアボカドたちを、冷たい牛乳を注いだ深皿ふかざらからせていく。

 おっかなびっくりスプーンで食べると、「アボカドは甘い」という考えを持ち合わせていない脳がバグを起こした。味の感想が全く思い浮かばないまま、気づけば砂糖を足していた。もう一口食べて、ホッと一息つけた。今度は、ちゃんと美味しいと分かる。甘いアボカドを持った私は、自室に向かった。

 この時期の私は、映画を片っ端からレンタルして観ていた。洋画・邦画ともに、名作とうたわれている作品にたくさん触れたくて、並行して観ていたアニメも勘定かんじょうくわえれば、そこそこの数を追いかけたと思う。とはいえ、まだまだ観られていない名作は盛りだくさんで、もっと観たかったな、全然足りないな、という気持ちと、あの頃のベストは尽くした、という気持ちの狭間はざまで揺れている。

 ともあれ、この時期に蓄積ちくせきした創作のエッセンスは、今の私の創作にも役立っている気がする。逆に言えば、現在は映画を観る時間を取りづらくなったので、この時期に追いかけていてよかったと心から思う。

 この日に私がDVDをレンタルしていた『アメリ』は、2001年に公開されたフランス映画で、人とコミュニケーションを取ることに苦手意識がある二十二歳の女性・アメリが主人公だ。ひょんなことから「人を幸せにすること」の嬉しさを知ったアメリは、えんの下の力持ちのように、周囲の人たちの日常に小さな「変化」をしのばせていく。そんなアメリに目をめる者は、誰もいなかったはずなのに、ささやかな悪戯いたずらの積み重ねは、やがてアメリ自身の幸せにも繋がっていく……。

 鮮やかな色使いの映画を観ながら、甘いアボカドを食べていると、こうやって休日にのんびりとフランス映画を鑑賞かんしょうして、未知みちの味を楽しんだ穏やかな時間を、いつか懐かしく振り返るときが来るのだろうなと、漠然ばくぜんと思った。そして今、こうして振り返っている。

 日本語吹き替え版の『アメリ』では、アメリの声を声優の林原めぐみさんが務めていることを先ほど知った。再び『アメリ』を観る機会がめぐってきたときは、またアボカドを甘くして、わさび醬油の誘惑を振り切りつつ、既知きちとなった味を懐かしんでみたい。

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