第2話:偉大なる御方
数日後。
資料をまとめて先方に郵送しておいて、ザフラに言われたとおりに謁見に向かう。
ケラヴノス・ホールディングス……偉大なるハーフドラゴン様が創った帝国随一の巨大企業。
天に向かって
「遅いですよぉ」
「まだ十分前だが……えっ誰?」
「アンナですぅ。流石にあの方の前でゴスロリなんて着れませんよぉ」
「非常識だって自覚あったのかよ。まぁいいや、行くぞ」
ジャラジャラ付けられたピアスもないし、化粧も薄い。
あまりの緊張から出された茶に手を付けることもできず、次にドアが開いた瞬間、反射的に立ち上がった。
「こ、この度は謁見をお許し頂き、誠にありがとうございます。私、国土交通省の……」
「国土開発部係長、アルバート殿ですわね。隣の方はアンナ殿。存じておりますわ」
二人して頭を下げたまま。雷に打ち据えられるような魔力の
ぼたぼたと落ちる冷や汗のシミを数えていると、偉大なるハーフドラゴン様は一定のリズムで鈴を鳴らすように、透き通った抑揚のない声で続けた。
「お顔を上げて、どうぞお掛けになって。わたくしの自己紹介は必要かしら」
跳ね上がるように頭を上げて、俺たちはソファに縫い付けられる。
俺はガクガクと震える膝を押さえつけて、目の前の御方に失礼のないよう、全力でまっすぐ見つめて。
そして、なんとお呼びすればいいかをほんの一瞬で考えて、恐らくこの方が喜ぶ正解だと思う選択肢に
「い、いえ! とんでもございません、アレクシア皇女殿下!!」
”偉大なるハーフドラゴン様”、アレクシア=ケラヴノス・リブラ。この帝国の実質的な最高権力者。
古龍たる皇帝陛下が人間の女に産ませたという、この世で唯一人のハーフドラゴンの彼女は、虹色の鱗に覆われた腕を組んでふんぞり返る。
人間の俺から見ても絶世の美女ながら、人ならざる縦長の瞳孔を細めて。
凍りついたように全く動かない表情から、ほんの少しだけ柔らかな魔力が漏れた。
「”アレクシア皇女殿下”、最後にそう呼ばれたのは五年前かしら。今は中々名前を呼んでいただける方が少なくて。貴方、わたくしが喜ぶことをご存知のようですね」
っしゃあああ! 正解だったぁぁぁ!
心の中でガッツポーズをしていると、隣のアンナが吐きそうな顔を緩めるのがチラッと目に入った。
暖かい魔力がふわふわと飛んだ後、アレクシア様はどこからともなく、事前に送らせていただいた資料を広げた。
「よく出来た資料、報告書と合わせて読ませて頂きましたわ。お尻がふたつに割れるほど、とても苦労なさっているようで」
「と、とんでもございません」
「わたくしの発明した電化製品、エルフには受け入れがたいものなのですね」
送った記憶はないが、ザフラから渡っただろう俺の報告書も読んでいたらしい。
氷のような無表情のまま、ふたつに分かれた舌で艶めかしい真紅の唇を舐める。
ちろちろと炎のように揺れる舌を見て、隣のアンナが俺の袖を引いた。
(ヤバいですよぉ係長。皇女殿下、超怒ってますぅ)
(え、今度は怒ってんの?)
(舌ですよぉ舌! 舌を見てください!!)
あぁ、蛇の
俺の下らない冗談に怒ったわけではないと思いたいけれど、電気を実用化したのはこの方だし、自分の子供というべき発明の数々がエルフに
怒鳴られまくった腹いせに一字一句そのまま報告書に書いたのが仇になったかと、冷や汗が止まらない。
「まぁ良いでしょう。ザフラ殿にはいつもお世話になっていますし、アルバート殿の仕事は、よく我々に利益をもたらしています。たまにはこちらから手を貸すのも良いでしょうね」
だらだらと流れる脂汗を咎めたのか、こそこそと話してるのを気にしたのか。
全く読めない皇女殿下は、小さくため息をつくと平坦な声で。
若干穏やか……だと思われる表情で、俺たちへの協力をご了承いただけたようだった。
「と、いうことはアレクシア皇女殿下。ご助力頂けると」
「えぇ。帝都にエルフを招き、文明の
「ありがとうございます! で、ではもう少し具体的な話を」
出した提案書は完全に受け入れられた。
それなら後は細部を詰めていこうと、話を進めようとしたが。
アレクシア様は時間が勿体ないとばかりに俺たちへ命令を下された。
「既に考えておりますわ。エルノ族長や神官たちが帝都に来る機会があります。スケジュールを組み替えますので、貴方がたにはその場で説得して頂きましょう」
「なるほど、素晴らしいお考えかと」
奴らが来る機会なんかあったっけ? と思い出そうとして、必死に記憶を辿って諦める。
後で書面で貰おうと、とりあえず誤魔化したところ。
「わたくしは、エルフが何を欲しているかあまり考えが及ばないようですので。そこは直接臣民に触れ合う貴方達が調査し、準備して頂けると考えていますわ」
この帝国で実質的に一番偉い方からの期待が降りかかる。
果てしなく重い期待に、力を尽くさないわけにはいかず。
自然と隣のアンナの肩を叩き、できますやりますやらせていただきますと口が動いていた。
「勿論にございます。このアンナは、帝都に憧れる移民たちの相手をしておりますので、きっとエルフ達の気に入るようなものがお出しできると存じております」
(何言ってんですかぁ!?)
彼女の目が見開かれ、俺を食い殺さんばかりに凶悪な牙が覗く。
ついて来ただけなのにとんでもない爆弾を投げつけられた事に同情はするが、この業界では割とよくあることなので諦めてほしい。
後でなんか奢ってやろうと考えていると、目の前の御方は瞳孔を細め、多分嬉しそうに手を合わせられた。
「あら、そうですのね。ゴオウ家の皆様は本当に優秀ですわ。アンナ殿、お願いいたします」
「はい!! このアンナ・ゴオウ! 全力で接待を成功させてみせます!!」
その仕草に、その期待に。
アンナも背を伸ばして先程の俺と同じように、頑張りますと声を張り上げた。
「頼もしいですわ。わたくしも、この帝国の発展のため全力を尽くしましょう」
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