第3話:鬼の女の子

 その後少しだけ説明を受け、謁見を終えた俺たちは龍の城を出た。

 緊張から解放されて動く気力もなく乗合馬車停留所で腰掛けると、いつの間にか隣でアンナが煙草をふかしている。

 俺が吸ってたらただの冴えないオッサンなのに、スタイルのいい美人の鬼はこういうの様になるなぁ。と見とれていたら、彼女はすっとケースを差し出してきた。


「あ、吸いますぅ?」


「昔は吸ってたけど、禁煙八年目かな」


「部長、猫ちゃんですもんねぇ」


「うるせー」


 ザフラの鼻はめちゃくちゃ敏感で、二人で仕事してた頃は良く禁煙しろって言われてたなぁ。

 なんて思い出して、アンナの差し出した煙草を払う。

 彼女はやれやれと懐にケースをしまうと、豪快に煙を吐き出した。


「それで、これからどうしますぅ?」


 そうだな。と相づちを打って、取ったメモを見返す。

 アレクシア様からのご提案に、全力で応えなければ。


「目標は三ヶ月後。帝国とエルフの協約百周年祭での接待……ウチの省関係ないし、盲点だったわ。縦割り行政の弊害へいがいってやつかもなぁ」


「あの耳長……いえ、エルフ達が森から出るとしたら、確かにそれくらいの大きなイベントじゃないとダメそうですしねぇ。流石皇女殿下よくご存知というかぁ」


「協約を結んだのがアレクシア様御本人だからな。いくらコネ入省でも、一般教養くらい覚えろ」


 相変わらず差別的な発言を叱る代わりだったが、意地悪いことを言ったと思う。

 彼女はバツが悪そうに、二本目の煙草に火をつけると口を尖らせた。


「好きで入ったわけじゃないんですけどぉ」


「好きでなくても、仕事は仕事だぞ。俺らの財布、税金から出てんだから」


 説教臭かったかな。と後悔した俺に。

 彼女は何か言いたげに口をもごもごさせて、珍しく殊勝しゅしょうな返事が戻ってきた。


「……はぁい」


 もう少し一息ついて、乗合馬車がゴトゴトと走ってきたのが目に入る。

 アンナが煙草をもみ消したのを見て、俺は立ち上がることにした。


「よし、儀典局ぎてんきょくに連絡するか。百周年祭の話聞きたいし、事務所戻って電信打たないと」


 機密保持のためだとかで、暗号文で打たないといけないし。

 受付で延々タライ回しされてた昔よりはいいけれど、電信って便利なんだか不便なんだかわかんねぇなぁ。と思わずため息をつくと、彼女が不思議そうに俺を見た。


「え? すぐそこ、大通りの電信屋寄りましょ? 最近は貸してくれるんですよぉ」


「アホ、公文書になるんだから暗号表必要だろ。最近厳しいんだから」


 規則も知らないのか。と呆れる。

 誰だよこいつの新人教育担当したの……いや、お偉いさんの娘だから誰も手を出せなかったからか。

 なんて、普段の格好とか言動とかを鑑みて、正直失礼なことを思った俺に。


「暗号表くらい覚えてますよぉ。あれ、陸軍トンツー文のB暗号の乱数表と同じですもん。解除キーも二十七通りしかないですしぃ」


「……お前、意外と凄いな」


 彼女はさらっと、もの凄いことを言う。


「でしょぉ? 小さい頃からこういうのは得意でぇ」


 まぁ本当なら規則違反にもならないし、嘘なら儀典局は受け取らないだろう。

 それでいいかと、大通りで乗合馬車を降りる。

 すぐそこの電信屋に入っていったアンナを待って数分、小脇にレジュメを持った彼女が走ってきた。


「終わりましたぁ。これ、返事ですよぉ」


「ふむふむ。うわめっちゃ字綺麗……」


 ”式典の件、了解。担当留守。14時に来られたし。儀典局。”

 マジで暗号表全部覚えてんのかよ。凄いな。なんて開いた口が塞がらない。

 自信満々に胸を張る彼女はふと通りの時計を見て、俺の袖を引っ張った。


「ふふん。まだ時間ありますしぃ、お昼食べましょうよぉ」


「分かったよ。奢ってやるから好きなもん食え」


 何か奢ってやろうと思ってたし、ちょうどいいな。


「ふへへ、係長いいとこありますねぇ!」


 へらへらと笑うアンナに、妹の面影が重なって見えた。

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