異世界公務員は皇女殿下からの無茶振りで今日も残業確定です~モフらせてくれる獣人上司と部下のゴスロリギャル鬼娘に挟まれながら頑張ってます~
雪原てんこ
第1話:エルフの森電化プロジェクト
「この通りです! お願いしますエルノ族長! 森の端っこだけでいいんです!」
「古龍の下僕のクソ人間がよぉ……帰れ。お前、次来たら殺すぞ」
「お願いします! 電気や鉄道はエルフの皆様にだって利益があるんですよ!」
「あぁん? 地上げ屋ごときが。そのケツかち割ってやんぞオラァァァ!!」
族長の暮らすツリーハウスの中をバラバラと書類の束が舞い、土下座した尻を思いっきり蹴り上げられて。
この間三十路を超えてしまった自分の最低数十倍は生きている、恐ろしいほどの美少年な顔をしたエルフに叩き出された。
――
「まーたダメだった? アルバート係長殿?」
「いや無理ですってザフラ部長。冬から春まで進展なし……あいつら絶対立ち退きませんよ!?」
「仕方ないわねぇ、モフっていいわよ。君は好きでしょこれ」
とぼとぼと馬を走らせ、三日も掛けて帰った帝都。
古代から受け継がれているらしい自然しかないエルフの森と違って、”偉大なるハーフドラゴン様”によって最近実用化された電気とかいう便利な魔法で照らされ、空を埋め尽くす蜘蛛の巣のように電線が張り巡らされた不夜の都。
最高学府の帝国大学を卒業し、超難関の国家試験を乗り越えて入省した俺を冷たく迎え入れる、一年中暖かなコンクリートの密林の片隅で。
雌獅子の獣人である同期の上司ザフラが、ぷにぷにとした肉球で俺の頬を小突いた。
「お言葉に甘えさせていただきまして……」
同い年で入省したけれど、すっかり先を越された上司の頭に顔を埋め、全力でモフる。
甘いムスクの香水と仄かなシャンプーの香りが、俺の頭を溶かすように染み渡っていく。
「あれザフラ、シャンプー変えた?」
「アルったら、よく分かったわねぇ」
正直この瞬間だけが、この国土交通省に入ってよかったなと思えるひととき。
エリート官僚だからこその果てしない無理難題に挑み続ける労苦を、唯一理解してくれる相棒の暖かさ。
故郷に残してきた両親と病気の妹を想って、ついつい涙が溢れた。
「しっかし、エルフとは厄介なものねぇ。頭も固いし、全然モフモフしてない。生きてて楽しいのかしら? あ、もうちょっと上撫でなさいよ」
地獄からの地響きのようにゴロゴロと喉が鳴る。
うっとりと舌を出す彼女が正直愛おしくて、俺は彼女を強く抱きしめた。
「お前だけだよザフラぁぁぁ~! 俺に優しくしてくれるのぉぉぉ!」
「仕事中は部長と呼びなさいってばもう! 部下が見てるんだから!」
今更体面を気にしてるのは彼女だけだと思う。
入省して十年、この帝国国土交通省国土開発部の全員が俺とザフラが恋人だと思っているんだけど。
彼女は特にそんな気もない
そんなじれったい関係も終わりたくはあるけれど、なかなか言い出せずにここまで来てしまったなぁと悲しくなった。
「ともかく、エルフの立ち退き戦略。もう一度考え直しましょ? 私も手伝ってあげるからさ」
「そうですね部長……」
「はいモフるの終わり! 打ち合わせしましょ」
それはそれ、とばかりに現実に引き戻されて、俺なんかの細腕より圧倒的に力強い鉤爪が首根っこをガシッと掴んだ。
――
「では諸君。偉大なるハーフドラゴン様肝いりの、エルフの森電化プロジェクトなんだけど」
たまたま事務所で暇していたゴスロリ鬼を拾い、小会議室で打ち合わせを始める。
今俺が挑んでいる、皇帝陛下に次ぐ権力者こと偉大なるハーフドラゴン様からの無理難題をザフラがまとめて、黒板に書いていった。
①帝都魔導発電所から、帝国第二の都会レオニダス市までの電線と鉄道を敷く。
②道中の最短経路にある、やたら広大なエルフの森を一部立ち退き、割譲させる。
③エルフの森も帝都同様、電気と上下水道を整えた現代都市に作り直す。
「ウチで直接やるのは②ね。そこが終わればあとは主に他所や民間の仕事よ」
「それが一番キツイんですよ部長……」
「じゃあ問題点を書き出しましょうか」
・②と③を放棄して森の迂回は可能だが、工費は三倍近く掛かる。
・魔導発電所をレオニダスに新たに作るのは、冷却水の確保が難しく不可能。
・そもそも立ち退いてくれない。
「そもそもあのお方、なんで電気なんかにこだわるんだか……」
「あの方のお考えを疑うのは不敬罪よ。諦めなさい」
「まぁそうだけど、ただ便利だからって訳でもなさそうなんだよなぁ」
お偉いさんの頭の中なんか知らないが、最後のやつが絶望的だなと改めて思う。
エルフの森は百年前の帝国編入協約で、非常に強い自治権を持ったままになっている。
電気という新たな時代の文明も受け入れてくれないし、血塗られた歴史を共に歩んできた人間の言うことなんか聞いてくれない。
元々敵対していた獣人や鬼ですら、龍と人間で築いたこの帝国の傘下に入り一緒に発展していっているというのに、あいつらなんなんだよマジで。
「ぶちょ~。強制執行して潰せばいいんじゃないですかぁ?
「はいアンナさん失格。鬼の貴女たちがエルフ嫌いなのは知ってるけど、彼らだって法律の下で生活してるのよ? 軍隊を入れるのはダメでしょ?」
ゴスロリ鬼、アンナが大きな角を気だるそうに光らせ、口を尖らせる。
入省三年目の彼女は帝都公園の再開発を担当していて、夏と冬の年二回、公園を違法に占拠している移民たちを公営住宅に収容するのが仕事。
陸軍大将の父を持ち、強制執行の担当も務めるコネ入省の彼女は、ピアスだらけの厚化粧の顔をめんどくさそうに歪めた。
「耳長豚は法律を守らないんだから、法律に守られてるのがおかしいんですよぉ」
あぁ、そういえば最近の不法移民は森を出たエルフが多かったな。と思いつつ。
耳長豚……大昔の戦時中、エルフが鬼との同盟を一方的に破棄して以来、エルフという種族名も使いたくないと鬼たちが呼んでいる差別用語を、シレッと口に出すアンナに呆れた。
流石に差別発言は良くないなぁと
「アンナさん。仕事が大変なのは理解するけど、差別はダメよ」
「はい。すみません部長」
獣人の中で最も凶暴と言われる獅子の一族の、地の底から響くような唸り声。
純粋な腕力では男の鬼をも
即座に謝罪をすると、誤魔化すようにアイディアを出した。
「じゃあ帝都で、便利な生活を体験させてあげればいいんじゃないですかぁ?」
「それを断ってるのが向こうの連中なんだよなぁ。いくら説得してもダメだし」
思わず返した俺の言葉に、アンナは可愛らしく小首を傾げて考える。
市民権も持っていないし税金も納めない割に、電気や水道といった現代の魔法に憧れて勝手に住みついている彼らを思い出したようで。
彼女なりの、俺の仕事へのアドバイスが見つかったようだった。
「森から出なきゃいけないようにすればいいんですよぉ。放火するとかぁ」
いい笑顔で言うけど……それはダメだろ。と力が抜ける。
似たようなことを考えた前科がある俺がちらっとザフラに目配せすると、彼女はやれやれとため息をついた。
「残念ながら犯罪になるわね。でも、言葉でダメなら直接便利な生活を味わってもらうってのはアリだと思うわ」
「部長、なんか考えが?」
「そうねぇ、アル。ちょうどいい機会もあるし、偉大なるハーフドラゴン様に助力をお願いしてきなさいよ。アポ取ってあげるから」
「ひえっ! 恐れ多いのですが部長……」
”偉大なるハーフドラゴン様”、なんてまどろっこしい呼び方をしているのは、お名前を呼ぶことすら恐れ多いからなのに。
建国から千年以上皇帝陛下の両腕両足として、この帝国を意のままに操るあの御方にお願いだなんてと肝が冷える。
ただ、あの御方のお気に入りでもあるザフラは、軽い口調で肉球をぺしぺしと叩いた。
「大丈夫よ。あの方のプロジェクトなんだし、経過報告も兼ねてね」
「なんも進展してないのに!? 怒られたらどうすんだよ殺されるぞ!」
「大丈夫だってば。ほら、アンナも連れてきなさい」
「げ、なんであたしも行くんですかぁ!?」
「次の取り締まりまで暇でしょ? 私は忙しいし、代わりにアルをよろしくね」
嘘だろ。の同義語でそれぞれボヤく俺たちを残して、雌獅子の部長は
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