第206話『それぞれの場所で』
≪前書き≫
申し訳ありません。この期に及んでコロナを発症したせいで今回はかなり短めです。
皆様もどうかお気を付けくださいm(_ _)m
「――っし、次の分が焼き上がったぞ!」
「あざっす天見先輩! うわ、やっぱり綺麗だなー」
「お待たせー! 追加の材料買ってき――あれ、先輩がいる!?」
「手伝ってくれるんだって! 混ぜ終わった生地ここに置いときますね」
「助かる。初賀、そっちは?」
「今焼いてるのがもうちょいっす! ってか天見先輩手際良すぎないっすか、一度に焼いてる分だって俺より多いのに……!」
「こういうのは慣れだ慣れだ。よそ見してると焦げるぞ」
「うっす!」
念のため明たちには『戻れそうにないので二人で楽しんでください』とメールを送った後、優人はパンケーキ作りにおける最も重要な焼きの行程を担当していた。
同じく焼きを担当するのは初賀、他の面子は生地の準備や出来上がった分の配達など、各々自分の役割に専念している。
油を染み込ませたキッチンペーパーでフライパンを一撫で、パンケーキの生地を三カ所に分けて投入。講座の時には一つずつ焼くのが楽だろうと教えることはなかったが、
大きめのフライパンを使えば一度に複数焼くのも可能だ。その分、一枚一枚の状態にはより気を配る必要があるが、この注文の混み具合を解消するにはこれぐらいでないと。
うっすらと焼き目のついた生地を裏返し、少量の水を入れてから蓋をして、蒸し焼きにする。ほんの少しだが一息つける時間が訪れると、優人は額に浮かんでいた汗を手の甲で拭った。
混雑とは言えども、それが長時間続くということはさすがにないだろう。
恐らく今がピーク、ここさえ乗り切ればじきに落ち着きを見せるはずだ。
(――よしっ)
肩を回して気持ちを一新し、フライパンの蓋を開けてパンケーキのふくらみ具合を確認する。
待ち望んでくれているお客さんが大勢いるのだ。だったら最大限、美味しいものを届けてあげないとだ。
メニューにパンケーキを提案した張本人であること以上に、一人の料理人として強くそう思う。
「あれ、スマホに電話来てるぞ! 誰か出れるか?」
「ちょい待ち、スピーカーモードにする」
注文の伝達用にとテーブルに置いてあったスマホに入る着信。気付いた初賀が声を上げると、手が離せない彼に変わって別の生徒が通話ボタンをタップする。
するとそこから聞こえてくるのは、優人にとって慣れ親しんだ声だった。
『空森です。かなり注文が立て込んでますけど、そちらは大丈夫ですか?』
接客の合間を見つけて、調理側の様子を心配してくれているのだろう。
接客側だって同じぐらいに大変だろうに、その心遣いに優人の口元が緩む。
「おっす空森さん、ぶっちゃけかなり大変だけど何とかなりそうだ。何せ強力な助っ人が駆け付けてくれたからな!」
『助っ人?』
「俺だ雛。強力って言われると恐縮もんだけどな」
『優人さん!? あれ、お義父さんたちと一緒に並んでたんじゃ……』
「こういう状況だし、どうにも見過ごせなくてな。こっちは何とかするから任せろ」
『……はいっ、分かりました! こちらでもできるだけ接客で時間を稼ぎますから、皆さんお願いします!』
それで通話は終わった。
最後の雛からの励ましにまた一つ笑みを浮かべると、蒸し焼きまで終えたパンケーキをタッパーへと移す。
雛が接客で、自分が調理。偶発的なその共同作業が、どこか楽しくて仕方なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます