第199話『注文の多い写真撮影』
「お、優人に空森ちゃん」
屋外から校内に移動して文化祭を回っていると、聞き慣れた声に呼び止められた。
声の方を向けば予想通りの精悍な顔が待ち構えていたのだが、その装いはいつもと一風変わっていて面を食らう。
「何やってんだ一騎」
「見て分からんか。新撰組だ」
そう胸を張る一騎の格好は、まあ確かに日本史の教科書にも登場する新撰組そのものだ。
よく似合っている。だが疑問なのは、なぜそんな格好をしているかということだ。
疑問を含ませた優人の視線を受けた一騎は、答え合わせと言わんばかりに小脇に抱えていたプラカードをこちらへ見せつけた。
カラフルな色合いで書かれた文字を雛が読み上げる。
「コスプレ体験……ですか?」
「エリスが手芸部でな。活動で作ったやつとか演劇部の倉庫にあった衣装なんかを引っ張り出して、こういうイベントをやってるんだよ。んで、俺は暇だったからその手伝い」
「実際にコスプレして宣伝ってわけか。理に適ってるな」
「だろ?」
二カッと一騎が快活な笑みを覗かせる。
思い返せば文化祭の開始直後にも宣伝の声を聞いた覚えがある。長身の一騎ならば広告塔としては最適だろう。
「よかったら二人も寄ってみないか? 衣装も結構色々あるぞ」
「どうする?」
「面白そうですね。千堂先輩にも誘って頂いたことですし、行ってみましょうか」
というわけで、一騎に連れられて手芸部が根城にする被服室へ。
部屋に入ってすぐの受付の他、室内にはパーテーションで区切られた着替えブースや、壁に白いカーテンを垂らした写真撮影用の場所も用意されている徹底ぶりだ。
「おーいエリスー、客捕まえてきたぞー」
「ありがとう。二人ともいらっしゃい」
受付に座っているのは一騎の恋人、
緩いウェーブのかかった長い金髪に紅い瞳という整った人形のような容姿をしている彼女は、一騎と同様にコスプレ衣装に身を包んでおり、それがいわゆるゴシックロリータだから余計に人形感が強かった。
「わあ、姫之川先輩かわいい……。それも何かのコスプレなんですか?」
「少し違う。これは私が作ったオリジナル」
「え、自分で作ったんですかこれっ?」
「ん、型紙含めて全部ね。力作」
無表情で声がダウナー気味なのもあって感情の起伏が少なく見えるエリスだが、小さくVサインをする辺り褒められて結構嬉しいらしい。
わー、と感嘆の吐息を漏らす雛だってメイド服の手直しができるぐらいの裁縫スキルはあるものの、一から作るとなるとまた勝手も違うのだろう。むしろスキルがある分、難易度の高さにも理解が持てるのかもしれない。
「さて、ここに来たってことはコスプレしたいってことでいい? 雛はジャージの下にもう何か着てるみたいだけど」
「あ、私のクラスの出し物がメイド喫茶なので、その衣装の一部なんです」
「へえ、それはいいことを聞いた。あとで一騎と行ってみる」
「ふふ、お待ちしてますね。とりあえず私、優人さんのコスプレが見てみたいです」
「俺の?」
出し抜けに矢印を向けられ、優人は人差し指で自らを指した。
メイド服も楽しんで着ているから、てっきり雛の方が興味あるかと思ってここに来たつもりなのに、何やら微笑みと共に期待の込められた眼差しで見られている。
「いや、俺は別に……」
「ゆーうーと、可愛い彼女からお願いされてんのに断るのは男が廃るぞ」
「任せて雛、優人という素材の味を活かした完璧なコーディネートをお見せする」
「お願いしまーす」
パワープレイで優人の背中を押す一騎、自信ありげに親指を立てて後に続くエリス、そしてそれを笑顔で見送る雛。
三人のコンビネーションにより、優人はあれよあれよという間に着替えブースに引きずり込まれていくのであった。
そんなわけで、出来上がったのがこれらしいのだが。
「……コンセプトは?」
着替えが完了し、腕を組んで一仕事終えた
「普段はとある家に仕えるしがない執事。しかし、その正体は闇の組織で数々の英才教育を施された殺し屋の一人であり、失敗作の烙印を押されて組織から捨てられたところを心優しいお嬢様に拾われた過去を持つ。お嬢様の優しさに触れ、次第に人としての感情を取り戻していく中、そのお嬢様が誘拐されるという事件が発生。自分を救ってくれた彼女を救うため、彼は封印したはずの殺し屋という自分を、今一度解き放つ覚悟を決めた――……っていう瞬間を切り取った姿」
「長いわっ!」
見当がついているなんて思った自分がバカらしくなるほど濃い設定を語られて、優人は全力でツッコまずにはいられなかった。
謎に詳細なキャラ設定をつらつら並べられたでなく、わざわざ特定の一場面までイメージして作り上げたという入念さ。尋ねたのはこちらだが、最後まで聞いた自分を褒めて欲しい気分だった。
「道理でこんな感じなわけだよ……ったく」
優人は悪態をつきながら、改めて自身の姿を見下ろした。
スラックスにシャツ、それからベストにネクタイと服装自体はよくある執事服の一つだとは思うが、全体的にあえて着崩した感じで整え(?)られている。
ベストのボタンは留めずに前を開けているし、シャツは袖を捲り、ネクタイの締め付けも中途半端。髪型だって乱雑にまとめたオールバックに近く、微妙にまとめきれない前髪が二、三本垂れている。ついでに伊達眼鏡のおまけ付きだ。
言うなれば、しっかり着込んでいた執事服を色々と緩めた状態だ。
……なるほど、封印していた内なる自分を解放する瞬間というコンセプトには合っているだろうし、殺し屋とかいう設定も不本意ながら優人の素材の味=目つきの鋭さを活かしているとも思う。
「おーおー、こいつは傑作だな」
「……褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてるって。ほら、空森ちゃんもいいと思うだろ?」
明らかに笑ってる一騎から視線を移すと、口元を両手で隠してなんだか言葉にならないご様子の雛がそこにいた。こくこくと繰り返し頷く彼女の頬は赤い。
「……これ、そんなにいいのか?」
「は、はいっ。ちょっと着崩した感じがとてもよくて、そこはかとないワイルドさがあるというか……!」
「まあ、雛がそう言うならいいけど……」
どうにも琴線がよく分からないなあと思いつつ、なんとなく首元のネクタイを指で引っ張った――その瞬間だった。
「ストップ! 優人さんそこで止まって!」
「え」
雛からのいきなりのストップコールに硬直する身体。
身体はそのままに目の動きだけでを雛を窺うと、やけにキラキラと輝く金糸雀色の瞳が優人を凝視していた。
「ど、どうした?」
「それ、そのっ、こう、ネクタイを緩める仕草がかっこよくて……っ! それで写真撮っていいですかっ!」
圧が、圧が凄まじい。
珍しく興奮した様子の雛に逆らえず、ネクタイを掴む手だけは動かせないまま撮影用の白いカーテンの前に移動することを余儀なくされる。
素早く構えられるは雛のスマホ。ベストショットを模索しようとスマホの角度を微調整する雛の両脇から、エリスと一騎がそれぞれ画面を覗き込む。
「む、待って雛。前髪が目にかかって邪魔になってる。一騎、直して」
「へいへい。――これでどうだ?」
「あ、確かにこの方がよく見えますね」
「うん。あと優人、顔の向き少し右に。もう少し。――それだと行き過ぎ、ちょっと戻して」
「どれどれ……これもうちょい胸張ってみてもいいんじゃねえか?」
「む、一理あるかも。やってみて優人」「待ってください。それだと姿勢のバランスが」「おっと。なら優人、胸を張るんじゃなくて肩を引け、右肩」「顔の向きがまたズレてる。表情ちょっと固い」「優人さんネクタイのところはそのまま」「悪い左肩だった」「表情」「目線こっちに」
「せめて一人ずつ喋れッ!」
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